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自宅マンションから飛び降り自殺

 綾奈さんとの日常的なやり取りから、家族は職場に問題があると思っていたものの、誰が加害者で、どのようなことをしているなどの具体的なハラスメントやいじめの内容までは理解していなかった。

 これは考えてみれば当たり前だ。ハラスメントやいじめの被害に遭っている本人が進んでその状況を話すことは少なく、また、そもそもその職場で働いているわけでもなく労働問題の専門家でもない「普通の人」が職場内の状況を正確に理解することは困難だ。

伊佐間綾奈さん(家族提供)

 そのような状況のなか、休日だったにもかかわらずハラスメント加害者からの業務に関する架電を受けた日の翌朝、2012年6月21日に、綾奈さんは自宅マンションから飛び降りた。家族は救急車のサイレンを聞いてはじめて、その事実を知ったという。亡くなった当時は21歳で、入社してわずか3年後の出来事であった。

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「来社したら訴える」と言われ…

 変わり果てた娘の姿を病院で目の当たりにした両親が会社に連絡を入れると、2時間ほどして役員が到着した。そもそも職場環境が原因で精神的に追い込まれていったと考えていた家族は、その場で役員に説明を求めたが、会社側は黙ったままで、お悔やみの言葉すらなかったという。

 そもそも会社から病院までは、30分程度しかかからないはずだ。2時間もかかったのは、どう対応するかを事前に検討していたからではないかと母、佳子さんは推測している。

 その後、家族はなんとかして綾奈さんが亡くなった理由を探ろうと動き始めた。まず会社を訪問し、職場環境についての説明を求めた。しかし、綾奈さんの私物はダンボールに入れられて返還され、職場内を確認することもできなかったため、状況がよくわからなかった。

 そして、さらなる説明や証拠を求めて何度か会社を訪問すると、亡くなった直後は必要なものを用意すると言っていた会社も「会社に来ると営業妨害で訴える」と態度が硬化した。これは裁判や労災申請など、具体的なアクションを遺族が準備していると会社が思ったからだろう。

社内に箝口令が敷かれ、情報提供者は発言を撤回

 そこで、綾奈さんのお通夜や葬儀に参列して連絡先を名簿に記載した社員に片っ端から電話してコンタクトをとった。無視されるケースも多かったが、その中で、綾奈さんと親しかった社員の一人は、綾奈さん以外にもいじめ被害者がいることや、加害者が「自分は関係ない。綾奈さんが勝手に死んだのだ」と社内で話していると伝えてきた。この話を聞いて、家族は会社に裁判を起こそうと決意したという。佳子さんは「お通夜での名簿がなければ、証拠集めは無理だった」と話す。

 しかしその後は、社内には箝口令が敷かれたため、同僚から話を聞くことも難しくなってしまった。それどころか、情報提供してくれた社員は、裁判で「多少の嫌がらせはあったが、いじめはなかった」と発言を撤回している。現役社員であることから会社からのプレッシャーを受けて、会社側に有利な証言をしたのだろう。会社のコントロールしていないところで同僚の証言や証拠を集めることがいかに重要かを示している。