「次の瞬間、夫は脱北しようという私の決心が確かなものかと訊いた(中略)その瞬間、母や兄弟の顔が頭に浮かんだ。私のために、ある日突然、家族全員が地方に追いやられることを思うと、胸がふたがれた。一瞬の選択によって、愛する人々を天国から地獄へと送る門の前に立っていた」
1月26日に刊行された、呉恵鮮(オ・ヘソン)さん(55)の自伝『ロンドンからやって来た平壌の女』(邦題仮、ザ・ミラクル)の一節だ。
呉さんは、2016年7月、駐英北朝鮮大使館の外交官だった夫、太永浩現「国民の力」議員と息子ふたりとともに韓国に亡命した。北朝鮮の外交官という高位層の亡命は当時、韓国では驚きを持って大きく報じられたが、なによりも耳目を集めたのは、夫人である呉さんの華麗な家柄だった。
呉さんの家系は「抗日パルチザン(日本の植民地時代に活動した抗日の非正規軍)」として知られ、叔父は金日成の護衛総局長や朝鮮労働党中央委員会軍事部長などを歴任した呉白龍氏(本名は呉スヒョンと本で明らかにしている)だ。
父親も人民武力部総政治局幹部部長などを経て、後年、金日成政治大学総長も務めた、北朝鮮の階級では核心層といわれるエリート層であり、自身も名門「平壌外国語大学」を卒業後、貿易省に勤めた北朝鮮のパワーエリート層だった。
そんな呉さんが亡命の道を選んだのはなぜか。本書ではこれまで語られなかった亡命に至るまでの経緯を軸に、北朝鮮のエリート層の日々の暮らしや、恋愛を禁止されていた中・高校時代の淡い初恋の思い出、日本からの帰国者との出会い、そして、在外の北朝鮮公館での生活ぶりがつぶさに綴られており、これまで知りうることのなかった北朝鮮のエリートといわれる人々の苦悩も浮かび上がる。
自伝を執筆するに至った経緯や亡命を決意した背景、そして北朝鮮での暮らしなどについてあらためて呉さんに話を聞いた。
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同級生がひとり、またひとりと消えていく
ーーご著書では、北朝鮮在住時、官用車・ボルボでの家族旅行の様子なども描かれており、当時の裕福な暮らしぶりが垣間見えます。韓国では「北朝鮮の金のスプーン(韓国の階級論。年俸により、金・銀・銅、土のスプーンに分けられる)出身者がなぜ亡命したのか」に再び関心が集まっています。
「北朝鮮のそれは、韓国でいう『金のスプーン』とはまったく事情が異なります。幹部といっても、いつ何時粛清されるか分からない境遇です。車もその職務が終われば使えませんし、住んでいた家は一軒家で部屋がいくつもありましたが、父親が異動になれば空け渡さなければいけない。自分の資産ではありません。