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「帰国者」の彼を通じて、日本の文化を知った

――帰国者は北朝鮮ではどんな存在とされていたのでしょうか?

「朝鮮を支配した日本から来たスパイが紛れ込んでいるといわれており、実際に粛清された一家もいました。北朝鮮の一般の人々も同様に、帰国者に対して信じてはいけない相手という認識を持っていました。知り合いの学生からも大丈夫なのかと忠告を受けました。

 それでも、彼を通して、日本は発展している国だということを知りました。帰国者専用の外貨商店には日本からの商品がたくさんあって、東芝や日立の家電もありましたし、明治のチョコレート、日清ラーメンもとてもおいしかったです。幹部への贈り物は日本製の下着でしたし、私が好きだったのはいなり寿司でした。

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 帰国者はこっそり、いなり寿司や寿司、刺身、ヘアカットなどの商売をしていて、いなり寿司は注文すると時間どおりに持ってきてくれるんです。私の青春の思い出の一部分に日本や日本の文化があります。

 最初の英国勤務の時には住んだ家の隣りに日本人女性が住んでいました。北朝鮮の外交官が珍しかったのか、暮らしぶりが貧しかったのでかわいそうだと思われたのか、よくショッピングに誘われました。とても優しい方で、こどもたちに高級チョコレートを買ってくれたりしました。

 許可なしに外出することは原則禁止されていたので、ご一緒できたのは2度ほどでしたが、北朝鮮に帰国する時にはお寿司屋さんで送別会も開いてくれました。2度目に英国勤務になったときにはすでに引っ越しされていて会えませんでした。今どうされているのでしょう」

脱北してからの「沈黙」を破った理由

――これまで沈黙を保たれてきましたが、どのような思いから本を執筆しようと思われたのでしょうか。

「大学院(梨花女子大学院)で北朝鮮学を専攻しましたが、韓国の人たちは北朝鮮の人々の生活についてはよく知らないことを知りました。北朝鮮のことはよく分かっていますから、そんな現実を伝えることか私の役目ではないかと思うようになりました。ロンドン時代につけていた日記も引っ張り出してきて、3年前から書き始めましたが、忙しさについかまけて中断していたんです。