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 ところが、夫が国会議員になった後、夫に向けた『裏切り者』『スパイ』といった悪意のある書き込みや中傷を目にすることが増えました。それを見て、わたしたちがどれだけ苦しんで韓国に来たのか知らないから誤解されていると思いまして、これまでどう生きてきたかをまず伝えようと執筆を再開しました。

裏表紙には、呉さんの父が高麗人の妻と娘をロシア(当時ソ連)に送り返した別れを象徴したイラストが描かれている。大手書店「教保文庫」合井店にて(筆者提供)

 実は、ロンドンでもパンやピザを焼くことが好きだったので、韓国では、自分でパンを焼いてベーカリーを経営したり、カフェもやってみたいという夢を持っていました。

 ソウルではバリスタの学校にも通って、ベーカリーのアルバイトにも応募しましたが、断られました。私にはできないのかと自信を失って萎縮もしました。夫も子供も韓国で懸命に道を切り拓いているのに、私だけ取り残されたような気持ちになって。でも、ようやく私の道を見つけました。私にできる、やりたい道を探すのが本当に大変でした」

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自分ひとりで、出版社を立ち上げた

 著書を出版した「ザ・ミラクル」は、呉さんが自分自身で立ち上げた、ひとり出版社だ。韓国ではひとり出版社は珍しくないが、ほとんどが出版業界経験者による会社なので、初めて本を書いた 呉さんが創業した会社と聞いて、正直とても驚いた。しかし、同時に呉さんらしいという思いもよぎった。

 呉さんに会ったのは5年前、太議員のインタビューが縁だった。お昼を一緒にしたときに警護員の姿が見えないので尋ねると、「時間に間に合わないと思って、告げないで走ってきたから、追いつけなかったかも。どこかにいますよ」と笑っていて、タフな人だなあと思ったが、その頃から、いつも自分ができることを探している印象があった。

 呉さんの北朝鮮の家族の行方については、今も分からないという。本の最後の章は、北朝鮮にいる家族へ向けたメッセージが綴られている。