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「借りていた50円を返したい」20歳女性への1本の電話が、7人以上が無惨に殺された“蟻地獄”の始まりだった

小野一光さんインタビュー #2

2023/02/09

genre : ニュース, 社会

note

読み応えのあった、9人の「処罰感情」

――この本でとりわけ読み応えがあったのが「処罰感情」の部分です。裁判の論告書から9人のそれがわりと長めに掲載されています。

小野 この事件の特徴に、ひとつの家族に加害者と被害者がいることがあります。緒方家の親族は、緒方純子の親族であり、亡くなった6人の親族でもありますから、加害者と被害者の両方の親族になります。いっぽう、緒方の妹の夫で婿養子の隆也さんの家族は、まるっきり被害者の遺族です。だから処罰感情は複雑なものになるし、立場によって異なります。それがどんなふうに違うのか、一人ひとりがどのような異なる思いをもっているのか、それを読者に示していきたかった。だからなるべく長く、多くの方々の処罰感情を載せました。

 本の最後に緒方純子の叔母を訪ねたときのことを書いています。親戚同士の人間関係が崩れてしまっていました。事件が及ぼした影響は当事者だけの話でもないんです。そうしたことを含めてこの事件だと思います。

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――小野さんは警察の記者クラブに入れないフリーの記者ながら、警察から記者へのレク(レクチャー)や記者会見など、多種多様な取材資料を集めている。裁判記録も同様です。いろいろな機関や立場からの視点の資料で事件を復元するかのようで、なるほどこれは「完全ドキュメント」だと思いました。

小野 フリーランスの雑誌記者はコウモリのような存在で、どこの社の記者とも付き合うことができます。新聞・テレビの記者だと同業他社はライバルだから話せませんが、僕はどこからでもネタを集められる。雑誌の記者は、実は警察情報などを拾いやすいんですよ。

 そうやって集めた資料をなるべく本のなかに入れようと思いました。犯行内容を伝えるにも、僕が独自に書いた地の文より、裁判の判決文だとかを記したほうがいいだろうという思いもあった。だから裁判での冒頭陳述や論告書、判決文などを使用する部分がいつもよりも多くなりました。

――公訴事実の要旨が随所にあることで、話についていけなくなることがなかったです。そのため「主要人物相関図」に46人も載る本書を一度も戻らずに読み進めることができました。

小野 それはよかったです。

 

子供たちが殺害されるのは、この事件で一番つらい部分

――一方で、読み進めるのをためらった箇所があります。

小野 花奈ちゃんと佑介くんが殺害されるところですかね。

――はい。松永は5歳の子供(緒方の甥)を殺害するよう緒方に指示します。緒方は10歳の姪とふたりで電気コードを使って絞殺。そのとき、松永は清美さんにも負い目を負わせるために協力させます。

小野 子供たちが殺害されるのは、この事件で一番つらい部分ではあります。ただ松永の残酷さとその当時の緒方がいかに思考停止していたかを伝えるためには、どうしても必要な出来事であると思うので、そこは裁判の資料を用いながらきちんと書いていきました。