松永という人間の思考をわかってもらうため冒頭陳述を活用
――記述の仕方でいうと、犯人が罪を逃れようと嘘の主張をするとき、普通のノンフィクションだと、それを数行だけ引用して地の文で事実ではないと書く。けれども本書は、ことわりを入れて長く載せています。
小野 たとえば松永弁護団の主張というのは、あくまでも松永の言い分なんです。そこには事実でないことが含まれている。けれども松永は自分の起こした事件について、どういうふうに言い逃れをしようと考えていたのかが、そこに全部つまっています。
松永という人間の思考を読者にわかってもらうために、彼自身の主張に基づいた弁護側の冒頭陳述などを活用したわけです。
――このご時世、犯人の主張を載せると「犯罪者の肩をもつのか」という人も出てきますよね。
小野 それもありますし、「松永はこういう人物だ」という解答がすぐに出て来ないと、まどろっこしいと思う読者もいると思う。でも、この本に関してはそれは仕方のないことで、そもそも単純な事件ではなく、被害範囲も広くて、いろいろなものが絡み合っている。事件そのものやそれが当事者や関係者に与えた影響などを読んで考えてもらえたら、と思っています。
たしかに誤解を招かないために事実と認定されたことのみを記述するというのは、ごく当たり前のノンフィクションの手法だと思う。だけれども、僕はあえて松永が誤魔化そうとしたこと、緒方も錯誤していたこと、そうしたものを全部入れた本にしました。
そうするほうが、松永の悪辣さが読者に伝わると思うんです。
写真=松本輝一/文藝春秋
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この凶悪事件の詳細は、発覚の2日後から20年にわたって取材を続けてきたノンフィクションライターの小野一光氏による『完全ドキュメント 北九州監禁連続殺人事件』(文藝春秋)にまとめられています。
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