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手元に残った膨大な量のメモや音声ファイル

――本書は文春オンラインでの全102回の連載がもとになっています。ウェブメディアでこれだけの長期連載は異例だと思いますが、企画は文春からですか?

小野 いや、こちらからの提案です。僕はこの事件について、いつか本にしたいと考えていたのではなく、単純に「その後」を知りたいという思いで、ずっと追っていました。資料を捨てられない性分なので、メモや音声ファイルなどの当時からの取材資料を一切捨てていなくて、膨大な量になっている。それをそのままにしておくのはもったいない、まとめようと思ったというのがあります。

 それで編集者にこの事件についての連載ができないかと相談したんです。2020年に始めまして、2年以上のものになりました。連載終了後も取材を続けていますけども。

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――資料でいいますと、警察への取材記録や裁判資料の豊富さもさることながら、事件関係者からもいろいろなものを集めていて、取材の広さに圧倒されました。

小野 緒方家6人の葬儀挨拶案状や、松永の“金づる”にされた人の出金記録……、なんでも集めました。

 この事件について、部分、部分が書かれたものはありますけれども、今回の本は、これを読めば事件がどういうものだったか、わかるものにしようと思いました。そのためには事件に関するものを出来うる限り集め、それらすべてを読者に見てもらいたいという思いで、どんな小さなものでも収集していった感じです。

小学生時代の松永太死刑囚(小学校卒業アルバムより)

読者には、自分のなかでの結論を出していただきたい

――本書は参考文献欄がありません。すべて小野さんがかき集めた資料と取材からなりますね。

小野 そうです。本にする際の校閲のための資料については、公になっていないものは僕が提供し、あとは校閲さんが公になっている判決文などを使用して確認を行いました。そのとき困ったのが、資料に間違いが結構あるんです。裁判の判決文でも、関係者の年齢を間違っていたりする。たとえば松永に狙われたある家族の娘さんは「死亡時3歳」とあるけども、生年月日と照らし合わせると2歳なんです。新聞も警察情報をそのまま書いていて間違いがある。それを直していきました。

――たとえばこの本が取り上げる緒方の鑑定意見書に「バタードウーマン(被虐待女性)」と出てきます。そのため彼女は感情を失いロボットのように松永に従うようになっていた。通常のノンフィクションだと、ここで心理学の専門家に語らせたりします。ところが本書はそれをしません。

小野 そうですね。事件に関わっていない人の論評をできるだけ入れないようにしました。そうしたものは、なんだか書き手が答えを提示したようになってしまいます。そうではなく、読者にはこの本を読み進めながら事件について考えてもらい、自分のなかでの結論を出していただきたいという思いがあります。