編み上げられた情報が美意識を生む
結果として、大量の『エヴァンゲリオン』研究書が刊行されました。その多くは図版などの版権を正式にとらず許諾も受けず、文章だけで「謎解き」に終始していたので、通称「謎本」と呼ばれました。40冊以上出たとされるその謎本の目次には、「人類補完計画とは何か」「黒き月とは」「死海文書の謎」などなど、作中のキーワードを解説する見出しが並んでいます。もちろんどれひとつとして「正解」ではありません。エビデンスとされる死海文書研究などの参考文献はあっても、あくまでも「謎本」の著者の解釈に留まっている以上、本格的な「研究」の方法論からも逸脱しています。
ただし興味深いのは、これもアニメの特質である「省略と誇張」およびそのコントロールによる「世界観主義」の招いた結果と考えられる点です。作品として提示している情報を「見せない部分」と「濃厚に提示する部分」とに分け、このコントラストを大きくアレンジした。その結果、随所に「解釈の幅」が生まれた。「大きな黒ベタ部分を画面内に置いて見せなくする」は、『エヴァ』を特徴づける映像演出技法のひとつです。「謎」とされる設定にも、ストーリー、ドラマ面でも、カット単位の映像にもこの「明暗のバランス」の考え方が徹底されているのです。
こうしたアニメーション映像を見続けると、何が起きるのでしょうか?
情報の複合性がひとつの「デザイン感覚」を生む
人は見えている情報から、見えない部分を想像しようと努力します。14歳でチルドレンと呼ばれる少年少女たちは、未発達な精神で無理をしつつ、情報秘匿の環境下で戦わされている。その抑圧に共感するから、観客も「知らされていない、知りたい」と欲求を高める。ではEVAを運用する特務機関NERVの大人たちは完全な情報を持っているかというと、これもそうではない。知り得る情報が役割や組織内部の情報アクセスレベルの差、あるいは権限の違いにより、バラツキがあるのです。中には思わせぶりな単語を口にしているのに、真相をあえて言わないように隠す者さえいる。
この「知りたい欲求」は「中二病」とされる年齢ゾーンの心理に響きあいます。現実世界ですでに14歳ではなくなった観客でも、14歳を通過したことのあるすべての「元チルドレン」の、概して恥ずかしく青臭い、封印されてきた記憶と共鳴するのです。
この明暗や情報疎密の配置――それが「すべての人が抱く心の中の14歳との共鳴」を招く。こうして織物のように編み上げられた情報の複合性が、ひとつの「デザイン感覚」を生む。その感触、手触りは庵野秀明監督の「美意識」でミクロからマクロまで徹底されている。その域に達したものが「エヴァンゲリオンシリーズの世界観」です。これは、「世界観主義のネクストステージ」と呼べる高みなのです。