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綾波レイと惣流・アスカ・ラングレーに組み込まれた仕掛け

 解釈の多くを観客個々人に委ねた結果、作品を観た全員にも「微妙にバラツキのある世界観」が醸成されました。このバラツキがギャップを生み、そのギャップを埋めるためにファン同士のコミュニケーションが、かつてないほど活性化していきます。「世界観」に秘匿や揺らぎを持たせることで、その種のツール的な機能を生むこと自体が新しかったのです。だからこそ『エヴァ』は、過去に類例のないヒット作になりました。

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 たとえば2大ヒロインの綾波レイと惣流・アスカ・ラングレーには、受容した観客に二極化を生む仕掛けが意図的に組み込まれています。白いスーツを着用しておとなしく、会話が控えめで受け身なレイ。赤いスーツを選び罵倒語さえ交えつつ、モーションを仕掛けてくる活発なアスカ。どちらかを必ず好きになる仕掛けです。

 この種の「何をフックに好きになるかの手がかり」もまた、「観客サイドの世界観の一部」と言えます。だから互いがリスペクトしている限り、それぞれの内心を理解する手がかりにもなる。作品を媒介にした友愛さえ生まれうる。90年代には「コミュニケーションツールとしてのアニメ」が活性化しますが、『エヴァ』はその機能を更新しました。

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「世界観主義の更新」が『エヴァ』をロングセラーに

 登場人物と同様、たとえば「人類補完計画」の解釈ひとつとっても、人によって注目するポイントが変わります。「謎本」の中には「死海文書」などを参照するに留まらず、人類が蓄積してきた「哲学」「宗教」など「人と世界のあり方」にまで及んだものがあります。

 そもそも「世界観」とは、「マルクスの世界観」「キリストの世界観」のように、「人がどう世界を観るか」を意味する言葉でした。だから、正しい用法に戻ったと言えますし、その点でも「世界観主義の更新」と言えるでしょう。

 1997年に公開された映画『新世紀エヴァンゲリオン劇場版  Air/まごころを、君に』は、当時の完結編として、テレビシリーズの最終2話を発展的に再話するかたちがとられました。主人公シンジが自身で決意し、「人が群れることで生まれる世界観」を選択することで、「人が全員溶けあって苦しみのない世界観」は棄却される。抽象的だったテレビシリーズの「人と世界はどうあるべきか」を、より具体的に再提示して終わったのです。

「安易ではないか」と揶揄のニュアンスで語られがちな、後の「セカイ系」(個人の問題とセカイの問題が直結するタイプの作品群)とは、かなり異なるものです。「物語の中でシンジはこういう世界観に基づいて選択をしました、あなたはどうですか?」と、呼びかける部分に社会性が宿っているからです。劇中、映画を鑑賞する観客席が実写で写るのは、スクリーンを「鏡」のように反射させる意図ゆえでしょう。

 ともあれ、こうして生まれた「世界観主義の新たなステージ」は、『エヴァ』を一過性の消費物から解放しました。永遠に楽しみ続けられるコンテンツに高まったのです。