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連載春日太一の木曜邦画劇場

剣戟王・阪妻が振るう悲壮美の剣。映画史に残る大立ち回りを見よ!――春日太一の木曜邦画劇場

『雄呂血』

2023/03/21
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1925年(79分)/阪東妻三郎プロダクション/Amazonプライムで活弁入り版を配信中

 三月十七日、拙著最新刊『時代劇聖地巡礼 関西ディープ編』(ミシマ社)が書店店頭で先行発売される。

 これは、琵琶湖周辺、甲賀、奈良、姫路、丹波といった関西各地に点在する時代劇のロケ地=聖地を実際に巡り、「どこで、どういった場面が、どのように撮られたのか」を解説した一冊だ。オールカラーの美麗な写真も満載で、時代劇好きはもちろん、紀行が好きな方にも楽しんでいただけるかと思っている。

 扱う時代劇は、戦前から近年まで幅広く、今回取り上げるサイレント映画の傑作『雄呂血』の聖地も訪ねている。

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 主人公の平三郎(阪東妻三郎)は正義感の強さのためにかえって疎まれ、故郷を追われた。そして、いつしか無頼の徒に身を落としてしまう。

 その後も、平三郎は騙されたり、誤解を受けたりで、行き場を失っていた。最後も人助けのために悪党を成敗するものの、そのために罪に問われ、捕り方と大乱闘。結局は捕まってしまい、群衆の罵声を受けつつ、曳かれていく。

 全編を通して、主人公が理不尽な目に遭い続ける悲劇なのだが、圧巻は捕り方との乱闘シーンだ。無数に群がる捕り方を平三郎は次々と斬り伏せていくのだが、その時間は十分以上にも及ぶ。

 阪東妻三郎の激しく、そして速いその動きは、さすが「剣戟王」と称されるだけのことはあると感嘆してしまう。加えて、それまでの怒りや哀しみを全身にたぎらせながら剣を振るう姿は、まさに悲壮美。優れた立ち回りとは、ただのアクションではなく、ドラマチックな感情表現なのだと改めて教えてくれる。

 映画史に残る大立ち回りの後半は撮影所のオープンセットで撮られているのだが、前半はロケ地。その撮影場所も、今度の本では紹介している。

 聖地は東大寺の戒壇院。実際に行くと、撮影当時そのままの光景が。「うわっ、ここであの立ち回りが撮られていたのか!」と感激できた。

 現地に行って大きな発見があった。劇中で阪東妻三郎は土塀の上を走り、斬り合いまでしている。そして、ひょいと飛び降り、駆けていく。難なくやっているように映っているのだが、撮影当時のまま残るその塀を実際に見てみると、ことのほか高いのだ。

 走るだけでも大変な塀の上で斬り合う。さらに飛び降りてそのまま走る――それを、カットを割らずに一連の動きとして、さらっとやってのけているのだ。尋常でない運動神経なのだと実感できた。

 まず本編を観ていただき、次に拙著を参照しつつ聖地・戒壇院へ。春の行楽シーズン、奈良観光とともに剣戟王の凄みにも触れてみてほしい。

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