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「なぜ杉浦を代えたのか」という批判

 1対0で迎えた6回表に、2番手の投手がソロ本塁打を浴びて同点とされました。9回には3ランを喫し、ファイターズは1対4で敗れてしまいました。私の選手起用は勝利に結びつかず、「なぜ杉浦を代えたのか」という批判を受けることになりました。

 杉浦は右肩の痛みから復帰したばかりで、この試合まではファームで調整をしていました。4度の登板でイニングは最長で3回、球数は65球が最多でした。

2017年に東京ヤクルトスワローズから移籍して北海道日本ハムファイターズの一員となった杉浦稔大投手 ©文藝春秋

 彼にはシーズンを通してローテーションを担ってほしい。6回、7回までマウンドに立って、きっちりゲームを作ってほしい投手です。だからこそ、シーズン初先発のタイミングで無理をさせたくなかった。早めの交代を選んだのです。

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 勝利投手の権利を持ったままマウンドを降りた杉浦は、もちろん悔しかったでしょう。彼の心中を察すると、僕自身も身を焼かれるような気持ちになります。

 けれど、後悔はしていません。チームのこれからと彼のこれからを最優先に考えた末の判断でしたから。

 苦しみに遭うと、視野が狭くなりがちです。自分のことで精いっぱいになってしまう。しかし、自分より大変な時間を過ごしている人はいるはずで、そもそも苦しみや悩みを抱えていない人などいないでしょう。

 他人への思いやりや他者を大切にする心は、誰もが持っているべきなのでしょう。「自分の最善を他人に尽くしきる」気持ちを、忘れないようにしたいのです。

 心の奥底に潜んでいる勇気があれば、難局に立たされてもジタバタしたり、バタバタしたりしない。「この程度のことに負けてたまるか」と、前に進む気持ちを立ち上がらせることができる。

 歴史上の人物のなかにも、いまをともに生きる人たちのなかにも、大変な困難に立ち向かってきた人たちは数多くいます。好きな野球に携わることができている自分は、それだけで幸せに恵まれている。クヨクヨしていたら、申し訳がたちません。

 杉浦は自身2度目の登板で、シーズン初勝利をあげてくれました。札幌ドームのお立ち台でカメラマンのフラッシュを浴びる彼の姿が、私にはとても眩しかったものです。

 人の強みとは清らかな心と優しさです

 宮城県で住職をつとめられている塩沼亮潤さんの言葉です。奈良県の大峯山で千日回峰行を満行しました。雨の日も風の日も、体調が冴えない日も、一日も休まずに同じ道を上り、下ってくる。単調で壮絶で、命がけの行に耐えた言葉には、何度も何度も励まされてきました。同じ言葉を繰り返し読み返すこともしばしばです。