おばさんがニコニコしながら差し出してくれた皿には「白いシチューのようなもの」が…
今思えばおそらくそこは、お葬式に来た人を慰労するため、町内会のメンバーが営む休憩所だったのだろう。英語の話せないおばさんに頭を下げて、冷たい水をもらい休ませてもらう。
ほっと一息ついたところで、おばさんがニコニコしながら皿を差し出してくれた。島では珍しい外国人に対し、彼女は精一杯の歓迎の意を表してくれている。その皿には、白いシチューのようなものが盛られ、濃厚な甘い匂いを発していた。
今まで、いろんな国でいろんな食事を出してもらい、それらを美味しくたいらげてきた。もちろん苦手な食材はある。虫系は見た目が辛いし、動物の内臓系も臭みがきついことも少なくない。しかし個人的な信条として、健康上どうしても問題ない限りは出されたものは食べることにしている。迷惑を顧みず、日常の暮らしを取材させていただくのだから、贅沢を言ってはいけない。
そんな私だが、それでもやはり、どうしても食べられなかったメニューがある。その中の一つが、このヤオノイ島のお葬式会場で出してもらった「ココナッツミルクのドリアン粥」だった。
食の好き嫌いは、個人の舌が感じる味覚だけでなく、その人が今までに得た知識や経験が大きく影響していると思う。たとえば、最近話題になった食用コオロギ。虫を食べる文化は古今東西多くあるとはわかっていても、やはり気分が乗らないものである。しかし「昆虫食を忌諱するがエビやカニは美味しく食べれます」という心理を、魚介を食さない文化圏の人にうまく説明できる自信はない。
そこで「ココナッツミルク粥」だ。これを「ココナッツミルク+砂糖+白米」で作るお粥だと考えると、多くの日本人は拒絶反応を起こすのではないだろうか。私もそうだった。しかしここで頭を切り替えて製菓用の餅米を使った「ココナッツミルク風味のデザート」と割り切れば、これは非常に美味しいものだ。爽やかな甘味と舌に感じるツブツブ感は絶妙で、オシャレにパッケージすれば、ナタデココやパンナコッタに並ぶ人気メニューになると思う。
が……、この時は違った。タイで人気のデザート「カオニャオ・マムアン」はココナッツミルク粥のマンゴー添えだ。これは本当に美味しい。しかし、今回オバさんが差し出してくれたのは「カオニャオ・トゥリアン」、トゥリアンはドリアンのことだ。
果実の王様ドリアン。濃厚な甘味で絶大なファンがいる一方、玉ねぎの腐敗臭にも例えられる、その独特な匂いは有名だ。そしてココナッツミルクで、餅米とともによく煮込まれた今回の一皿……。
その香りはすごかった。疲れて所在なさげにふらつく外国人の私に優しくしてくれたオバさんの笑顔。どうしても食べねばと思ったのだが、最初の一口がどうしても飲み込めず、そのまま終わってしまった。楽しかったアンダマン海の取材で、ただ一つの心残りである。