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風俗をしているのは「親への復讐のような気もする」

 心菜さんは、私が想像していた以上に、自分の「こころ」について感覚的に理解していたのかもしれません。感じ取っていても、幼い頃からの習慣は、対処することを許さなかった。つまり、自分の本音を語り、誰かに受け止めてもらうことで「大切にされる」という人間関係を経験することが、これまでまったくできなかったのです。

 良識的な世間の大人はよく「自分を大切にしなさい」と諭します。しかし、いくらそう言われても、未知なるものを実践することはできません。人から大切にされるという経験を通して、大切にするというこころの動きを感覚的に学んでいくのだと考えています。カウンセリングで気持ちが大切にされることの意義がここに見出せます。

 心菜さんは、さらに意味深いことを私に語ってくれました。

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心菜「娘が風俗をしているって、親にとっては認めたくないものだと思うんです。私がそれをしているのは、私を見捨てた親への復讐のような気もするんです」

「なるほど。そうする限り、親を直接恨まなくて済んでいるのかもしれません」

心菜「はい。これからは自分の力で、自分のことを認められるようになりたいです」

「1つ質問があるのですが」

心菜「はい」

「自傷とか、復讐とか、そういう発想は以前からあったのですか?」

心菜「うーん、最近ですね。カウンセリングに通うようになってから、ふと」

「そうですか。死ぬことを考えるのは、最近はどうですか?」

心菜「ないです」

「とりあえず、よかったです。でもまだ道は長いと思いますよ」

ヤングケアラーの背負う後遺症

 自分のすべてが嫌だった心菜さんは、この先いくつかの紆余曲折を経ながら、自己受容を道標に、こころの旅へと歩んでいきました。特にその後の自発的な両親との「対決」は象徴的な出来事です。実家に戻って親に本音で物言いし、最終的に「わかった」と言ってもらえる初めての経験をしたのでした。

 大学卒業後、心菜さんは福祉関係の仕事に就きます。こうして20回程のカウンセリングを経て、独り立ちに至ったのでした。

 ヤングケアラーとは、その名の通り若くしてケアをする人のことです。ケアをする対象は主に家族で、親の代わりに働いたり、家事をしたり、下の子どもの世話をしたりと、すそ野はとても広いものです。軽視してならないのは、この事例のように、親に気を遣い、親の慰め役となったり、親に甘えることを諦めたりして、「子どもらしいこころ」に蓋をしてしまうケアラーの背負う後遺症の重さです。

 それが、生涯にわたって自分を忌み嫌うという、歪んだ深い信念なのです。

付記 本稿で取り上げる事例は、可能な限りご本人の了承を得て、かつ必要に応じて個人が特定されないよう小修正を加えて執筆するものです。

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【厚生労働省のサイトで紹介している主な悩み相談窓口】
▼いのちの電話 0570-783-556(午前10時~午後10時)、0120-783-556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)
▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)
▼よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120-279-226(24時間対応)