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《「空白の40分」の謎》防衛省内部資料『報告』から浮かび上がる、陸自ヘリ事故“当日の混乱”

2023/05/23
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“将来の戦場”の最前線を視察

 沖縄本島を後にした《106号》を操縦する飛行班長(3等陸佐)は、天候に恵まれたことで爽快な気分のまま東シナ海を一路、南へ向かったことが容易にイメージできる。

 しかし同時に、高い緊張感が全身に満ちあふれていたことも想像に難くない。

 何しろヘリコプターのキャビンに座る搭乗者(とうじょうしゃ)というのが、約5000名もの隊員を率いる「第8師団長」の坂本雄一(さかもとゆういち)陸将ほか、師団ナンバー3にして師団長の“右腕”たる「幕僚長(ばくりょうちょう)」の1等陸佐、作戦全般を作成する「3(さん)部長」(1等陸佐)、インテリジェンスなどの情報分析責任者「2(に)部長」(2等陸佐)、そして詳細な作戦立案を行うため一番忙しく精力的に働く「防衛班長」(3等陸佐)という、紛れもなく第8師団の“心臓部”そのものであったからだ。

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着任会見に臨む陸上自衛隊第8師団の坂本雄一師団長  Ⓒ時事通信社

《106号》の搭乗者たちは、那覇を発ってから1時間24分後、コーラルブルーの海とバリアリーフに囲まれた宮古島と隣接し、宮古島市に含まれる五つの島々(大神〔おおがみ〕島、池間島〔いけまじま〕、伊良部島〔いらぶじま〕、下地島〔しもじしま〕、来間〔くりま〕島)が目に飛び込んできたはずだ。

 宮古島のほぼ中央に位置する「航空自衛隊・宮古島分屯基地(ぶんとんきち)のヘリポートに、《106号》が着陸した時刻は『報告』によれば、

〈1417〉(2時17分)

 出迎えたのは、陸上自衛隊「宮古警備隊」の隊長、伊與田雅一(いよだまさかず)1等陸佐だった。

 宮古警備隊は、台湾クライシスが高まる中、2019年に、那覇に駐屯する第15旅団の隷下部隊として創隊した。その任務は、台湾への侵攻を行うのに乗じて宮古列島(宮古島市内の島々を含む)の八つの島々を攻撃する可能性がある中国・人民解放軍の水上艦艇と航空機を撃滅するための、第302地対艦ミサイル中隊と第346高射中隊の警備を行う最前線部隊である。

 分屯基地に到着した坂本師団長は、すぐに私服に着替え、地元の支援者たちとの懇談に臨んだ。

 西部方面隊関係者は、宮古島の一部で、陸自部隊が駐屯することへの反発が依然としてあることから、宮古島を衛(まも)るための防御と攻撃の作戦を行う上では地元の理解がなにより重要だと、彼は師団長に着任する直前に言っていた――と語った上でこう付け加えた。

「宮古島には陸自の『宮古島駐屯地』があるがそこへ《106号》を着陸させなかったのも地元感情を忖度したからだろう」

 そして、4時間の飛行が可能な航空燃料の補給を受けた《106号》のキャビンに、再び坂本師団長以下の“師団の心臓部”である面々の他、伊與田隊長に加え、《106号》の2名の「FE」(航空機関士)の若い隊員なども乗せて宮古島分屯基地を出発した。

 その時間は『報告』によれば、

〈1546〉(3時46分)

 気温は摂氏25.4℃、天候は晴れ―まさに“自衛隊日(び)より”だった。