ところが、ウィシュマさんが帰国の意思を翻して日本での生活を望む意思表示を示したことで、入管職員の対応が急に変わったという。
(松井保憲さん)
「そこから何か頼んでもなかなか聞いてくれない。対応してくれない。そういうことが起きてきましたね。本人としても悩んでました。そういうところに」
松井さんの助言に従い、2021年1月、ウィシュマさんは一時的に収容が解かれる仮放免を申請した。しかし許可は下りなかった。
ウィシュマさんはこの頃から体調が悪化。2か月後に死亡した。
改正入管難民法では救えないウィシュマさん
今国会において、2021年の廃案時の内容とほとんど変わらないと批判が根強い入管難民法改正案が提出された。与党が多数を占める中、衆議院で可決。現在、参議院で審議中だ。仮にこの法改正が当時適用されていたら、ウィシュマさんの場合にはどんな可能性があったのだろうか。
改正案では、難民申請を繰り返す人を3回目の申請以降は本国に強制送還しやすくなる。難民申請中は強制送還を停止する規定があるが、申請を繰り返して送還を逃れる人がいるとの批判が根強いためだ。3回目以降の申請では「相当な理由」を示す必要がある。加えて、入管施設の外で入管が認めた「監理人」と呼ばれる人間の下で生活するようになる。支援者を入管当局の監督下に置いて、間接的に外国人を「管理」する仕組みができる。
他方、2年前にも問題になった難民認定が先進国中で極端に少ない現状を改善し、人権を軽視する対応を根本的に改めるような条項は見当たらない。
ウィシュマさんの場合、本国で政府や反政府勢力などの強い権力から迫害を受ける可能性がある典型的な「難民」に該当はしない。本国に戻れば個人(=元同棲相手の男性)によってDVに遭う可能性があるため、強制送還されれば生命の危険があり、人権保護という観点からは守るべき存在だが、入管当局がどこまで配慮するのかは極めて疑わしい。
DVの事実についても、彼女は支援者に打ち明けて日記などに記していたが、DVの被害から逃れようと交番に駆け込んだ際も結局逮捕されて入管に収容されている。
法改正で有無を言わせず強制送還される可能性は一段と高くなるはずだ。
ウィシュマさんが支援者に残した手紙の「心かよわせる」言葉
一連のドキュメンタリーでは、愛知県で在留資格がない外国人を支援している眞野明美さん(68)とウィシュマさんとの交流が描かれている。眞野さんはどんな理由で在留資格を失った外国人にも「人」として向き合い、場合によって「家族」として迎え入れるという姿勢で支援活動をする女性である。
「事件の涙」では、眞野さんのもとをウィシュマさんの妹2人が訪ねる場面がある。
眞野さんは、ウィシュマさんの収容が解けた時に備えて部屋を用意して待っていたと語りかける。