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〈『名探偵コナン』100億突破〉クライマックスの台詞が証明した、これまで紛れもない“過小評価”だったワケ

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2023/05/21

genre : エンタメ, 娯楽

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 大衆の無意識を相手にするエンターテイメントは、時に作者の意図を超えた存在を生み出す。

「キャラを作っていると、こう描けばこれくらい人気が出るだろうなって、だいたい予想できるんです。でも、灰原だけは予想をはるかに上回る人気ぶり」

『名探偵コナン』原作者の青山剛昌がそう語ったのは今からもう9年前、『ダ・ヴィンチ』2014年5月号での対談。対談相手は、人気俳優の佐藤健だ。

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灰原哀、爆発的な人気のワケ

 当時2014年の春に公開された『名探偵コナン 異次元の狙撃手』は41億円の興行収入を上げ、スタジオジブリの『思い出のマーニー』の35億円を大きく超え、2014年すべての国内興行収入の9位に入っている。

 だがコナン人気に沸く当時の関係者たちすら、9年後の今を想像してはいなかっただろう。2023年4月14日に公開された『名探偵コナン 黒鉄の魚影』は既に興行収入110億円を突破した。コナン人気に大特集が組まれた2014年の3倍にも届く勢いだ。

アニメ映画「名探偵コナン 黒鉄の魚影」の上映館に掲げられた看板=4月、東京都新宿区 ©共同通信社

「100億の女」。公式に100億円突破が発表された日、SNSでは今年のメインキャラクター、灰原哀のファンアートと共にそんな祝福の言葉が飛び交った。だが、コナン物語の中で描かれる灰原哀の人物像は、100億の女という華やかな語感とは正反対のものだ。

「黒ずくめの組織」と呼ばれる非合法組織で研究をしていた宮野志保は、姉を殺害され、自分の新薬で服毒自殺を試みるが、その結果主人公工藤新一と同じように肉体が小学生の体に退行する。阿笠博士のもとに逃げ込んだ宮野志保は組織が追う本名を捨て、「コーデリア・グレイ(グレイ=灰)」と「V・I・ウォーショースキー(I=あい)」という2人の女性探偵から名を取り「灰原哀」と名乗ることになる。

 2人が登場する『女には向かない職業』『レイクサイド・ストーリー』はともに、孤高の女性探偵を描くハードボイルドの名作だ。灰原哀もまた、容易に他人に心を許さない孤高のキャラクターとして物語に登場する。

 だが2014年5月号の『ダ・ヴィンチ』で原作者の青山剛昌は、佐藤健にもう一つの設定を明かしている。

「灰原哀の哀はね、実は『アイリーン・アドラー』から取ってるんです。ホームズを唯一負かした“あの女”」

 コナン•ドイルの短編小説『ボヘミアの醜聞』に登場する女性オペラ歌手アイリーン•アドラーは、その知性でボヘミア王室と無敵の名探偵シャーロック•ホームズを手玉に取り、女嫌いで女性の知性を見下す傾向にあったホームズに生涯忘れえぬ一撃を加える。

「以前は女性の浅知恵と冷やかしていたホームズも、最近は一言もない。そしてアイリーン・アドラーに触れたり、写真を引き合いに出したりする際には、ホームズは常に『かの女』という敬称を使うのである。」(大久保ゆう•訳)

 盟友ホームズの痛烈な敗北を助手ワトソンがなぜか愉快そうに回想する記述で終わるこの短編小説は、今も世界中のホームズファンに愛され続けている。それは130年前にコナン•ドイルが書き残した「賢いのは男性だけではない」というメッセージだからだ。

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