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〈『名探偵コナン』100億突破〉クライマックスの台詞が証明した、これまで紛れもない“過小評価”だったワケ

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2023/05/21

genre : エンタメ, 娯楽

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 ホームズの作者、コナン・ドイルと江戸川乱歩から名を取って江戸川コナンと偽名を名乗ることになる工藤新一もまた、ホームズと同じように作中では無敵の名探偵である。小学生の体でありながらその知性で大人たちの鼻をあかし、悪の組織に対抗する名探偵コナンの活躍に子どもたちは有頂天になる。

 だが、コナンと同じ薬品で小学生の体に退行した灰原哀は、時には主人公コナンを上回る頭脳を見せつける。名作古典の女性探偵たちの名を持つ彼女は、いわば「女性版コナン」でもあり、無敵のホームズの傲慢と鼻っ柱をへし折った“かの女”と同じ役割を物語の中で持つことになる。

 時に頭脳でコナンの上を行き、コナン以上にシニカルな毒舌で主人公をやり込める年上の少女。それは原作者•青山剛昌がアイリーン・アドラーから名を取った秘話を明かすことから見ても、女子読者に向けた「知性も毒舌も、男の子たちだけのものではない」というメッセージを体現したキャラクターになっている。

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 もう1人の天才小学生である女性科学者、灰原哀/宮野志保は、アイリーン・アドラーやコーデリア・グレイがそうであったように、女性読者たちから熱い支持を得ていく。だが原作者が「予想をはるかに上回る」と語る人気は、単に灰原哀がコナンに匹敵する強く賢い女性キャラクターであるからだけではない。

「強い女」かつ「傷ついた女」…2つの顔が見え隠れする魅力

「組織を抜けた時から、私の居場所なんてどこにもないって分かってたのに」長いシリーズの中で、灰原哀は何度もそう口にする。同じ薬で幼児退行したコナンには、高校生探偵・工藤新一という回復すべきアイデンティティがあり、彼の帰りを待つ初恋の少女・毛利蘭がいる。だが灰原哀には、帰る場所も取り戻す名前もないのである。非合法組織に家族をすべて殺された灰原哀/宮野志保は、被害者であると同時に組織犯罪に加担し、悪魔の新薬を作った魔女、コードネーム「シェリー」でもあるからだ。

 家族を殺された組織暴力への深いトラウマを抱えた灰原哀/シェリーは、彼女の抹殺を狙う構成員に追われ続ける。彼らの接近を暴力の「匂い」で感知する灰原哀は、そのトラウマで動悸と呼吸不全の発作を起こす。

 灰原哀はコナンに匹敵する頭脳を持つ「強い女性」であると同時に、残酷な暴力の記憶に怯える「傷ついた女性」でもある。灰原哀が原作に登場する90年代末から現在に至るまでの時代の変化の中で、2つの顔を持つ灰原哀は作者の予想すら大きく超えるほど、多くの読者の無意識を強く惹きつけていく。

「相手はイルカ… そう…海の人気者… 暗く冷たい海の底から逃げて来た意地の悪いサメなんかじゃとても歯が立たないでしょうね…」

 灰原哀を象徴するセリフとファンの間で語られるこの場面は、原作コミック31巻、「暖かき海」の中で熱射病で倒れた灰原哀が語る言葉だ。海の人気者、イルカと灰原が例えるのは、熱射病の彼女に気付き日陰に運んだ物語のヒロイン、毛利蘭である。

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