「灰原哀(の人気)だけは予想をはるかに上回る」と語る原作者、青山剛昌が予想できなかったもうひとつの人気がある。それは作品の主人公、工藤新一と毛利蘭のコンビだ。
名探偵コナンの準備期間は実質わずか2週間、3ヶ月で打ち切られるだろうと原作者自身が予想していた連載は「1回目がすごい人気で、これは長くなるぞと」(『ダ・ヴィンチ』2014年5月号)と語る通り、初回から爆発的な人気を集める。のちに多くの人気キャラクターが百花繚乱する名探偵コナンだが、瞬時に予想外の人気を集めた初回のメインキャラクターは実質、工藤新一と毛利蘭の2人である。
魔女の呪いで姿を変えられた王子のように、幼な子の姿で謎を解く新一と、彼の正体を知らないまま空手でコナンを守る最強のお姫様・毛利蘭の逆転したコンビは、単行本1巻から人気が爆発し、歴史に残る名カップルとなる。心が強く結ばれながら肉体はすれ違い続ける2人の物語は、その後四半世紀にわたって読者を惹きつけてやまない、まぶしいほどに輝く永遠の初恋の物語となっていく。
だがその光が強いほど、影もまた深くなる。灰原哀は工藤新一の頭脳に対抗するオルタナティブの天才少女であるだけではなく、強く明るいお姫様・毛利蘭のオルタナティブでもある、病弱で傷ついた心を抱えたもう1人のヒロインなのだ。
灰原哀が浮き彫りにする、コナンが女の子を魅了するワケ
『コナン』のシリーズの中で、灰原哀は組織の手がコナンたちを巻き込むことを恐れ、何度も自分の生を諦め、命を投げ出そうとする。そのたびに主人公コナンはその灰原哀の意図を察知し、危機と絶望から彼女を救い出す。彼の推理は犯罪者の悪意を読むだけではなく、居場所のない少女の心理も繊細に感じ取るのだ。
超能力もパワーもないこの少年を日本中の女の子が心のヒーローとして慕うのには、ちゃんとそれなりの理由が存在するのである。
毛利蘭も同じだ。彼女を狙う謎の女性・ベルモットに銃口を向けられた時も身を挺して自分を守る毛利蘭の中に、灰原哀は死んだ姉の面影、文字通りのシスターフッドを見出す。
今作についても立川監督がFebriのインタビューで、キール・灰原・直美の3人の女性が協力しながらピンチを切り抜けていく物語であると語るように、シリーズの中で何度も描かれてきたのは女性同士の対立ではなく、灰原哀が蘭やその友人の園子、小学生の歩美たち少年探偵団を含めた女性や子供のネットワークに癒やされ、救われていくプロセスである。
コナンと灰原哀がホームズとアイリーンのようなライバル関係であり、新一と蘭が賢い王子と強いお姫様の逆転カップルであるように、灰原哀と毛利蘭もまた、サメとイルカ、魔女とお姫様が正体を知らぬまま共闘する、もうひとつのバディストーリーなのである。