西野七瀬に、いい風が吹いている。NHK正月時代劇『いちげき』では、染谷将太が演じる青年の薄幸な妹と、売れっ子遊女の二役を演じて強い印象を残した。

 もう、乃木坂46の“なあちゃん”じゃないんだ。でも、こんなに切なく繊細な表情を自然体で演じるようになれるとはね。十年近く待った甲斐があったよ。

西野七瀬 ©文藝春秋

 西野の時代が来る。そんな予感を抱いた直後に、映画『シン・仮面ライダー』が公開された。本郷猛を演じた池松壮亮は、昔から好きな俳優だ。ヒロイン、緑川ルリ子役の浜辺美波も、クールなキャラが似合う。

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 だが、もっとも異彩を放ち、際だった存在感で観客を圧倒したのは、西野が演じたヒロミ/ハチオーグだ。

 私は仮面ライダー世代じゃないから、偉そうなことはいえない。でもね、サソリオーグ役の長澤まさみって何なの。美しくもなければ、怖くもない。長澤まさみという稀有な才能の無駄遣いってことはわかる。

 そんなミスキャスト続出の中で、凶悪なスズメバチの毒の力で、秘密結社ショッカーを脱けた本郷やルリ子との殲滅戦にのぞむヒロミ/ハチオーグだけが、抜きんでて美しかった。

 ハチオーグには、仮面ライダー/本郷猛も敵ではない。彼女が執着するのは、かつての幼なじみ、ルリ子だけだ。再会の場面。「待っていたわ、ルリルリ」。嫣然と笑うヒロミ。

「ショッカーに生まれし者は、ショッカーに戻る。それが筋よね」。痺れる言葉を美しい蜂オーグ/西野が発する。極めつきの絶叫に、私は一瞬、震えた。

「ルリ子、あなたの玩具を壊してあげる! だから、泣いて、思いっきり泣いて! お願い、ルリ子」

 私に友達はいない。そうクールに反応するルリ子だが、動揺の色がチラッと横切る。情報機関に殺されるヒロミは最後に呟く。「残念。ルリルリに殺されたかったのに……」

 凄いよ、西野。元アイドルにどんな演技ができるのか。そう軽侮していた少なくない数の観客が、激しい愛と憎悪を爆発させるハチオーグを目にして、彼女の美しさに陶然となった。

 そんな西野が、NHKの『藤子・F・不二雄SF短編ドラマ』に、平凡な若妻役で出演した。

 夫の岡山天音は“どことなくなんとなく”己れの存在感を持てないでいる。世の中は、自分の思ったとおりにしか動かない。妻も親友も誰もが、自分の頭が創りだした役者のようだ。

 シリアスなSFの核になるアイデアだ。ディックとかね。あるいは「胡蝶の夢」とか独我論。そんなドラマでは、ほわーんとした妻を演じる。

 激しい愛憎を妖艶に笑ってぶつける悪の女王から、絵に描いた“平凡な人妻”まで演じる。西野の振り幅の大きさに期待は高まる。

INFORMATION

『どことなくなんとなく』
NHK BSプレミアム
https://www.nhk.jp/p/fujiko-sf/ts/N93R8JJ329/episode/te/N7PZPVN3LP/