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ナルシストたちも無惨に殺される

 女性器の隠喩である刺青人皮を欲望しないナルシストたちも無惨に殺される。たとえば、鶴見の部下である二階堂一等卒は双子の片割れを主人公の杉元に殺害されてしまい、刺青人皮には目もくれず仇である杉元を追い回す。

 二階堂は無徴の男性だが、刺青すなわち女性器を欲望しないという点で物語の異性愛主義からは外れた人物であり、鯉登や谷垣らと違い無惨な最期を迎える。杉元を巻き添えにした自爆を試みるが失敗し、爆発の衝撃で体が真っ二つになってしまうのだ。二階堂のそれぞれの半身がお互いをすでに死んだ双子の片割れとして幻視しながら死ぬという、古代ギリシャ神話のナルキッソスのような最期を迎える(30巻295話)。

 囚人の一人である上エ地圭二も同様に自分自身の像を見ながら死ぬ。期待に応えることができず父親の落胆した表情を見て育った上エ地は、他人の落胆した顔を見ることに至上の喜びを見出す。

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 黄金を求める男たちの落胆する顔を見るために、上エ地は自分自身の刺青の暗号に手を加え、撹乱を試みるが、失敗に終わる。自分自身の落胆した顔と父の顔を鏡の中に見ながら、上エ地は笑って転落死する。

『ゴールデンカムイ』26巻257話より ©️野田サトル/集英社

 刺青争奪戦に参加せず、欲望の対象としての女性に割り当てられる謎である刺青という暗号を撹乱しようとする上エ地に与えられる罰は重く、本来欲望されるべき暗号の刺青が描かれた上エ地の遺体は誰にも見向きもされずに放置される(26巻257話)。

 ここまでの議論を整理しよう。女性器の隠喩としての刺青という記号が存在することで、『ゴールデンカムイ』という作品の中に男女の二元論が生み出される。刺青の暗号によって有徴化された男たちは倒錯者としてみな殺され、その皮膚に施された記号は家族と国家の秩序に留まるものに利用されるのである。

 一方、性的な対象としての男性身体は繰り返し表現されようとも、あくまでそれらは刺青の有徴化作用によって男女の二元論的物語に変形され、男性同士の性的関係性は仄めかされながら黙殺される。しかし、『ゴールデンカムイ』にはBL的な二次創作を愛好するファン層が存在することも事実だ。次回はこの点を議論しよう。