オリジナルグッズには収益対策以外にも隠れた効果が
話をオリジナルグッズに戻そう。レールの置物もちょっと高いが5万円で販売してきた。地震で被災したレールを切断し、社員がピカピカになるまで磨いて、特産のヒノキの台座に据え付けた手作りだ。
石鹸もある。熊本は和牛の中でも「あか牛」と呼ばれる褐毛和種の産地だ。南阿蘇で飼育されたあか牛の牛脂を原料に、社員が高森町内の事業者と相談しながら開発した。阿蘇山には五岳と呼ばれる五つの岳があり、そのうち山頂部がギザギザになっている根子(ねこ)岳(標高1433m)の形を模している。中川部長は「洗った後、しっとりするので好き」と言う。
駅名入りのキーホルダーや、車両の写真入り缶バッチも、社員が手作りしている。熊本県のマスコットキャラクター・くまモンとトロッコ列車が描かれたクリアファイル、切符の形をしたノート、車両のイラストが印刷されたマスキングテープもある。
こうしたグッズには収益対策以外にも隠れた効果があると、中川部長は言う。
「これだけで何百万円も稼げるわけではありません。しかし自分達にできることは何か。いろんなことをして鉄道を維持していこう。お客様を第一に考えていこうという気持ちを社員が養っていく手段になっているのです」
そうした精神は若手社員の中で着実に育っているようだ。
「阿蘇のいい思い出を多くの人に作ってもらいたい」
濵川さんと同期入社の石井楓大(ふうた)さん(22)は、濵川さんと一緒にJR九州で運転士の資格を取り、2023年4月から南阿蘇鉄道で乗務を始めた。
私がホームで新型車両を見学していた時、5人の親子連れが車両をバックに記念写真を撮ろうとしていた。石井さんがすかさず「撮影しましょうか」と声を掛ける。全員で写真に収まった一家は、優しい運転士に出会えたせいか、満面の笑顔になっていた。
石井さんは「小さい会社だから、こういったサービスも必要です。私は接客が大好き。南阿蘇鉄道に乗ることで、阿蘇のいい思い出を多くの人に作ってもらいたいと思います」とはにかんでいた。
だが、運転席に座ると一瞬にして表情が引き締まる。
中川部長は「10人の運転士のうち2人以外は経験が足りません。全線復旧でお客様が増えていくでしょう。運転士は命を守る仕事でもあるので、サービスの一方で、乗客に厳しく接する場面も出てきます。自然条件が厳しい地区の運行再開だから、倒木への対応など注意深い運転も要求されます」と話す。
楽しい会話で酒を売るかと思うと、熟練の技術で運転する寺本さんのようになるには時間が掛かる。
ところで、大ベテランの寺本さんにとって南阿蘇鉄道はどんな存在なのか。
寺本さんは元国鉄職員だ。かつて熊本駅の機関区があり、蒸気機関車が吐く煙で「スズメまで黒くなる」と言われた地区に住んでいる。JR九州にも運転士として勤め、普通列車だけでなく、寝台列車のブルートレイン、電気機関車など多くの車両を運転してきた。南阿蘇鉄道に移ったのは51歳の時だ。