熊本地震から7年ぶりに全線運転が再開した南阿蘇鉄道(立野-高森間)。たった17.7kmの短い路線だが、その間にある10駅の外観が全て異なるという珍しい鉄道だ。本社のある高森駅以外は無人だが、残りの9駅を所有する南阿蘇村が意図してデザインを変えて建築したのである。画一化された旧国鉄から見離され、いや脱出したら、これほど自由で楽しくなるという事例なのかもしれない。逆に言えば、生き残るためにそこまで工夫した。どんな駅舎があるのか。撮影のために回っていたら、そのうちの一つは古本屋になっていた。鉄道と古本屋。常識では考えられないようなコラボが、これ以外の駅でも普通に行われている。「絶景鉄道」は全国でここにしかない魅力を持つ「不思議鉄道」でもあるのだった。
熊本地震の被害が大きかった立野-長陽間
エレキギターとベースの音が聞こえる。
どこからだろう。耳を澄ますと駅舎が怪しい。
全線運行が再開される2023年7月15日より前のことだ。不通区間で営業運転もしていないのに、何が起きているのか。恐る恐るのぞいてみたら、演奏会が始まろうとしていた。
「長陽」駅。JR豊肥本線と接続している南阿蘇鉄道の起点駅「立野」を出ると、最初に着くのがこの駅である。
立野-長陽間の4.7kmの線区は、自然の変化に富んでいると同時に、熊本地震の被害が大きかった。大規模崩落で阿蘇の基幹道路となっている国道57号線やJR豊肥本線が埋まり、国道57号線に接続する阿蘇大橋が落ちた。
「立野」を出た列車は、まず土木学会の選奨土木遺産に選ばれている立野橋梁を渡る。目の前には本体工事が終わったばかりの国営立野ダム。建設地は阿蘇外輪山の切れ目となっている峡谷で、ここをうがって流れている白川の洪水調節が目的だ。
続いて、地震で壊れて架け替えられた第一白川橋梁。列車は高さ約60mの地点を徐行で渡る。「高所恐怖症の人が下を見たら足がすくむでしょうね」と濵川秀斗(はまかわ・しゅうと)運転士(22)が言うほどの高さだ。
さらに、断層がずれたために山ごと動き、開削を余儀なくされた旧犀角山トンネル。
これらを通り過ぎると、長陽駅が見えてくる。旧国鉄高森線が開業した1928(昭和3)年2月12日に開設され、木造駅舎は当時のままだ。土日祝日はカフェが営業している。
復活を信じ、チャリティー演奏も開催
待合室でギターを弾いていたのは、熊本市の前田建一さん(61)と、菊陽町の本田誠哉さん(61)だった。2人は大学の同級生で、他の2人のメンバーと「Relaxtime(リラックスタイム)」というバンドを組んでいる。
バンドを紹介するチラシには「昭和・平成ポップス&ロック」とあった。「令和」はないんですかと尋ねると、「ちょっと年齢的にね……」。前田さんが苦笑いする。
会社で働きながら、熊本市内のライブハウスなどで活動しており、長陽駅では10年ほど前から定期的に演奏してきた。