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 南阿蘇村には2021年4月に村営図書室ができるまで、図書館がなかった。

 書店もない。中尾さんが移住してきた時には、隣の大津町の商業施設内にあったが、今ではさらにその隣の菊陽町まで行かなければ、本が買えない。書店の冬の時代はここにも及んでいる。

「本屋はどんどん潰れているけど、私の店は絶対に潰れないようにしよう」。中尾さんは固く決意した。駅舎の世話人になれば、管理を任される代わりに賃料がゼロになる。「固定費が掛からないので、売り上げが少なくても維持していける」と踏んだ。

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たこ焼き屋と古本屋の二足の草鞋

 2015年にオープン。駅舎は屋根が十二角形で、待合室は八角形だ。「8本足のたこ焼き屋とも縁があるな」と思った。そこで「オクトパス(英語でタコの意味)ブックス」。たこ焼き屋の横で青空図書館のような形から出発したので「ひなた文庫」と付けた。

ひなた文庫。駅舎の待合室は八角形(南阿蘇水の生まれる里白水高原駅)

 たこ焼き屋が忙しくて、金曜と土曜の週に2日しか古本屋を開けられない(当初は土日)。駅の利用者は通学の高校生や通院の高齢者だったが、全員が営業時間内に乗り降りするわけでもない。

「あまり乗らない鉄道だな」と思ったが、それでも近所の人が珍しがって顔をのぞかせるようになった。

 気になる高校生がいた。熊本市内に通学しているようだが、土曜日は列車に乗る時間が遅くて、営業時間に重なった。早めに家を出て来るらしく、列車が到着するまでの時間に本を読むようになった。中尾さんは店内(待合室)なら自由に読んでいいとしていた。

「どんな子だろう。何に興味があるのかな」。中尾さんは本好き同士、仲良くなりたいと思った。

地震で夫の実家が全壊

 ところが、開店からほぼ1年が経過した2016年4月。古本屋の営業がようやく軌道に乗ろうとしていた時に、熊本地震で被災した。

 南阿蘇村で揺れが激しかったのは4月16日午前1時25分に起きた「本震」だ。村内では震度6強を観測し、16人が亡くなった。外輪山の切れ目に当たる立野地区は特に被害が大きく、中尾さんの夫の実家もここにあった。

 あの夜は中尾さん夫妻も実家で寝ていた。

「最初にドーンといって、ゴーッという地鳴りも聞こえました。両手で肩を持たれてガンガン揺さぶられる感じです。とても動けるような状態ではありませんでした。それが1分ほど続いたでしょうか。早く収まってと願いながら、布団でうずくまっているしかありませんでした」

 気がつくと顔が濡れていた。「自分の血なのかな」と思ったが、パニックになって何がどうなっているのか考えられない。神棚の下で寝ていて、御神酒をかぶってしまったようだった。家具が倒れているのも、停電で見えない。とりあえず外に出ようとしても、玄関がゆがんで戸が開かなくなっていた。

 その場にいたのは中尾さん夫妻と、夫の両親、今年104歳になった夫の祖母だ。

 かろうじて、縁側から外に脱出することはできた。すると、裏山がカラカラと音を立てていた。