南阿蘇鉄道の沿線は絶景の連続
だが、全線復旧された。寺本さんは「南阿蘇鉄道は国鉄改革の時、廃線になって線路が剥がされてしまうというところから、地元の反対運動で生き残りました。そして今回また危機を乗り越えたのです」と感慨深げに話す。
トロッコ列車に車掌として乗務する時には、こうしたことも伝えたい考えだ。第一白川橋梁は難工事の末に架け替えられ、山ごと動いた旧犀角山トンネルは開削された。現場を通るたびにアナウンスしようと決めている。
様々な路線を運転してきた寺本さんは、南阿蘇鉄道の魅力をどう感じているのだろう。
「やっぱり景色ですね」と話す。
ブルートレインを運転していた頃、「キレイだな」と心を動かされたのは、鹿児島県阿久根市の牛ノ浜駅付近だった。当時は鹿児島本線だったが、現在は第三セクター・肥薩おれんじ鉄道になっている。
「寝台列車で西鹿児島駅を出発して海沿いに北上すると、有明海に夕陽が沈むのが見えます。サンセットビューとしては一番ですね」
熊本県宇土市の御輿来(おこしき)海岸も印象深かった。天草に向かって突き出た宇土半島を走る三角線(宇土-三角間)の沿線にある。潮が引いた後の干潟に、三日月模様の砂の曲線が幾重にも現れる。ここに夕陽が差すとオレンジ色に染まる。
そうしたポイントを数多く知っている寺本さんからしても、南阿蘇鉄道の沿線は絶景の連続だ。
よどみなく出てくる絶景ポイントが魅力
「阿蘇五岳を見ながら田んぼの中を走るのもいいですが、やっぱり第一白川橋梁が最高ですね。下を見ると吸い込まれそうになります。谷の両側は深い緑に覆われていて、秋が深まると木々が紅葉していきます。通過するたびに表情を変えて楽しませてくれるのです」
第一白川橋梁が架かっている一方の山肌は照葉樹の自然林だ。白川が削った外輪山の急斜面には人手の入らない原生林が残っており、国の天然記念物に指定されている。これを最も間近で見られるのは橋梁を渡る南阿蘇鉄道の車内なのである。
「春にキレイなのは長陽駅の近くの桜並木。阿蘇白川駅にも桜の大木があります」
寺本さんの口からは絶景ポイントがよどみなく出てくる。
「最近あまり出ていないポイントから撮影してみませんか」。寺本さんが目をキラキラさせて話し始めた。
「第一じゃなくて、第三白川橋梁があります。やはり白川に架かっているので、川底に下りるんですよ。そこからだと、ギザギザ頭が特徴的な根子岳が橋梁の下に見えます。トロッコ列車が通過する時に撮影すると、葛飾北斎の富嶽百景みたいな感じになります」
残念ながら、取材日が梅雨末期の豪雨に重なり、水量が増えた川底には下りられなかった。次回は必ず写しに行きたい。こうして何度でも行きたくなるのが、南阿蘇鉄道の魅力なのかもしれない。
「そうなんです。南阿蘇鉄道は四季を通じて多くのカメラマンが通って来る路線なのです」
寺本さんの車内アナウンスで絶景を回れたら、どれだけ楽しいだろうかと思った。
※表記のルール(元号が昭和までは西暦と併記としました)