ゲームの基本ルールはその名の通り双六で、全50マスを三つの周回に分ける構成となっています。サイコロを振って出た目の数だけ前に進み、止まったマスに書かれている指示に従うオーソドックスな双六ですね。しかし三つの周回は特定のマスに止まらない限り内周に移れない仕組みになっており、一番内側の周では特定のマスに止まったうえにサイコロで1を出さないとあがれない制約もあり、手早く遊んでも一~二時間はかかる仕様となっています。
これを「プレイ時間の引きのばし」と捉えるか「コストパフォーマンスの良さ」と捉えるかはプレイヤーによって評価の分かれるところでしょうが、ここではあえて「コストパフォーマンスの良さ」であると断言させてください。というのも、本作の作られた目的とゲームメカニズムを考えると、翼賛双六は狙ってプレイヤーに何度も同じ場所を周回させる双六を作っていたと考えられるからです。
ゲームボードを見てみましょう。翼賛双六の三つの周回は、買い物や仕事など日常生活に関連するマスが配置された一つ目の周回、勤労奉仕や納税などの戦時体制移行に関連するマスが配置された二つ目の周回、黙祷や慰問など戦時体制に関連するマスが配置された三つ目の周回に分かれています。日常を何度も周回しているうちに、ある日突然戦争準備が次の段階に移行する。戦時下の暮らしをメカニズムを用いて追体験させているわけです。
また各種イベントも大政翼賛会の意向に従って用意されており、上記のメカニズムも相まってプレイヤーは「隣組の歌を歌う」「隣同士で握手する」「全員で英霊に黙祷する」といった指示にゲーム中何度も何度も従うことになります。挙国一致とは、国家の全てを挙げて一致団結するということ。繰り返す日常の中で皆がルールに従って協力を続けることこそが、ゴールへと至る道なのだという明確なメッセージが送られているわけです。
企画書に「大政翼賛・臣道実践」しか書いていないクライアント
……とは言え、本作を含めた初期の大政翼賛会のプロパガンダ商品は、この手のゲームを集めるコレクターからは杜撰と評価されることも少なくありません。例えばこうして戦争協力のルールを律儀に守った後、最後の目標としてあがりマスに描かれているものは……大きく万歳と書かれた富士山です。なんか国家泰平っぽいイメージではあるけれど、戦争協力の末に世の中が具体的にどうなるのかは、敢えて断言していないようにも見える。
それもそのはず、大政翼賛会は結成当初からドイツ・イタリアのような一党独裁を真似して作られた突貫工事の一党独裁であり、その内実と言えば党派間の派閥対立をそのまま党内に押し込めたような組織でした。結党当日になっても党の綱領すらまとめられず、内部から組織そのものの違憲論すら出てくる始末で、初代総裁であり第39代内閣総理大臣近衛文麿は大政翼賛会結党に際し以下のようなコメントを残しています。
「大政翼賛会の綱領は大政翼賛・臣道実践という語に尽きる。これ以外には、実は綱領も宣言も不要と申すべきであり、国民は誰も日夜それぞれの場において奉公の誠を致すのみである」
お役所が企画書に「大政翼賛・臣道実践」しか書いてこない有様で下請けがPRゲームを作らされてたんだって考えたら、万歳と書かれた富士山も、「現場の担当者達はよく無難に着陸させたな」と感じ入るエンディングだといちプレイヤーとしては思いますね。