『心霊スポット考現代における怪異譚の実態』(及川祥平 著)アーツアンドクラフツ

 北海道旭川市の郊外に、かつて一家惨殺があったという山本家はある。若い数人のグループが肝試しに出かけた。「おじゃましまーす」「何もないね」「帰ろうか」。無事に戻って録音していたテープレコーダーを再生してみると、いるはずのない女性の声が……。「はい、どうぞ」「そんなことありませんよ」「待て コラ!!」。慌てて帰宅した彼らの中の一人に、母親が言う。「山本さんていう人から電話きてたよー。“戻って来い!”だって」――。

 冒頭から怪談の苦手な読者諸賢にはご容赦を。「この山本家はよくできた話なんです」と語るのは、『心霊スポット考』を上梓した、民俗学者の及川祥平さん。

「心霊スポットにしばしば語られる“一家惨殺”のモチーフ、訪れた廃墟から電話がかかってくるという趣向は典型的なものです」

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 本書は、幽霊の是非を論じようというのではない。むしろ心霊スポットという「恐ろしげな物語を想像する人間の営み」に迫る。

 調査の方法はふたつ、文献調査とフィールドワークだ。民俗学の伝統的なアプローチだが、その対象がユニーク。週刊誌などの雑誌記事や投稿、テレビの心霊番組から、インターネットの書き込みまでメディア横断的に分析する。

「私の調査では、心霊スポットという言葉は1989年のテレビ番組を紹介した週刊誌の記事が初出。意外にも古くない。『心霊ゾーン』や『ミステリーゾーン』なども見られましたが、2000年代には心霊スポットが定着します。観光スポットやデートスポットと同様、車なら実際に行ける、幽霊との遭遇を体験できるかもしれない場所、いわば名所という意味合いです」

 ついで心霊スポットとされる現地でフィールドワークを行う。数多くの調査事例から、及川さんが象徴的として挙げるのは、千葉県佐倉市にあった「ユーカリが丘惨殺屋敷」。5人家族が惨殺され、その後引っ越してきた夫婦も心中したという謂れがあり、事件の後、幽霊が目撃されるようになったという心霊スポットだ。

「ところが、近隣の方に聞くと、その家は庄屋を務めた旧家で、立派な古民家だったそう。一家は別の場所に引っ越して、そもそも惨殺事件など起きていなかったのです。古民家の情感から、ありもしない過去の記憶が創作されたのでしょう。各地の幽霊譚を比較すると、話のパターン、つまり話型を見出すことができ、“心を病んだ青年”“凶器は斧”などと共通するモチーフがある。それらが習合して覆いかぶさり、実際に行った人の体験も含めた『物語』ができていくのです」

及川祥平さん

 その根底には、私たちの変わらぬ心性がある。幽霊は怖い、でも気になって、心霊番組やネット記事をつい見てしまう、怖い話にどうしようもなく惹かれる……。「幽霊はいないと思いますが、惹かれる理由はわかる」と及川さん。

「私は物心ついた頃には怖いものや不思議なものが好きで、『ゲゲゲの鬼太郎』にハマり、そこから小松和彦先生や常光徹先生の著書を読むようになり、民俗学の道に進みました。これまでは特に地域の偉人顕彰を研究していましたが、その過程で、将門塚のように史跡自体が心霊スポットになっている事例に気づいたのです。偉人顕彰も心霊スポットも過去の語りによって特徴づけられた、土地に紐づくポジとネガの物語ではないか。それが本書執筆のきっかけでした。今後は、落ち武者のイメージや映画のキャラクターである貞子のような視覚体験が怪異の語りにどう影響しているかを追求していきたいですね」

おいかわしょうへい/1983年、北海道生まれ。成城大学文芸学部准教授。博士(文学)。専門は民俗学。著書に『偉人崇拝の民俗学』『民俗学の思考法』(共編著)、論文に「『害』という視座からの民俗学」「害虫と生活変化」「『人生儀礼』考」などがある。