昨年『ほんのこども』で野間文芸新人賞を獲得するなど、芥川賞受賞後も充実した作品を発表しつづける町屋良平さん。最新長編『恋の幽霊』は町屋作品のエッセンスが詰まった、集大成的な恋愛小説となった。
「もともと文学に興味をもったきっかけは山田詠美さんや江國香織さんの恋愛を扱った小説でした。10代の頃は自分と近い年代の人物が出てくる作品ばかり読んでいて、自然と恋愛についての小説が多かったんです。自分も年を重ね、恋愛感情自体はなくなってきたんですが、今でも『恋』には興味があり、一方で『愛』にはまったく興味がないということにもだんだん気付いてきて。そのことを恋愛小説の新しい基軸として書いてみようと考えました」
町屋さんは過去に『愛が嫌い』という短編集も刊行している。「恋愛」と一括りにされがちな両者にはどんな違いがあると考えているのか。
「そうですね……愛は社会的なものという印象があります。だから恋は……反社会的?(笑) もしくは反体制的と言えるかもしれません。その2つが『恋愛』として結び付けられているのは必然的なことにも思えるし、面白いですよね」
物語は2022年の元旦に始まる。高圧的な上司と歪な社内恋愛を続ける「京(きよう)」は、高校時代に仲の良かった「青澄(あすみ)」「土(つち)」「しき」の3人に思い立ってLINEを送る。男女4人は10代の頃いつも一緒に過ごし、全員が全員に恋をしていたような熱狂状態にあったが、ある事件をきっかけに連絡を取りあわなくなっていた。瑞々しさ溢れる筆致で振り返る学校生活とは対照的に、30代の彼女らはそれぞれに苦しい日々を送っている。
「京や青澄は家庭環境などから社会的に成熟する機会を奪われていたり、自ら成熟を拒んでいたりします。今の社会では社会的成長を受け入れないと簡単に厳しい状態、生きづらい境遇に追い込まれてしまう。さっきからの話で言えば、彼女たちは愛に馴染めなかったのだと思います」
30代の現在時が三人称で淡々と描かれる一方で、10代のパートは一人称。それも詩的飛躍を含んだ跳ねるような言葉が、登場人物間を伝染し手渡されていくように描かれる。恋そのものが文体として具現化されているかのようだ。
「小説を書いている時の身体状況と、恋をしている時の身体状況って実はすごく近いんです。まったく同じである可能性もありますね(笑)。自分はアッパーな状態に身体を追い込まないと小説を書けないのですが、それは知覚と言語が直接結びついているような状態で、知覚が異常集中して周りが認識できなくなる。恋をしている時って、普段ならとるに足らないことにも感動してしまったりしますが、あれに似ています。
実は今回、三人称のパートはパソコンで書き、一人称パートをスマホで書くことで意図的に変化をつけました。普段はほとんどスマホで小説を書いているので、むしろ三人称の方が慣れない書き方で大変でしたね」
前作『ほんのこども』では書くことの暴力性を追究するなど、最近の町屋作品は日常的に起こりうる暴力に自覚的であろうとする姿勢が目立つ。今作でも恋の暴力性への言及が登場した。
「恋って根源的に暴力だし、迷惑なもの、恐ろしいものだと思います。それこそ源氏物語のころから本質的には変わっていない。でも個人的には恋が好きなんですよね。恋は基本的にアンコントローラブルなもので、その手に負えなさ自体を自分で認識しているかが問題になるのかなと思います」
まちやりょうへい/1983年、東京都生まれ。2016年「青が破れる」で第53回文藝賞を受賞しデビュー。19年「1R1分34秒」で第160回芥川賞、22年『ほんのこども』で第44回野間文芸新人賞を受賞。主な著書に『しき』『愛が嫌い』『坂下あたると、しじょうの宇宙』など。