待っている間も次々と赤ちゃん連れや、保育園の帽子をかぶった4歳くらいの子を連れたママたちが入ってきたので、
「人気がある病院なんだな。じゃあ心配ないかな」
と思った。
「畠山さーん」
30分ほど待つと受付の女性が、きっと笑顔で呼んでくれたんだろうなとわかる声で名前を呼んでくれた。
「こんにちは」と、椅子に腰かけた先生がこちらを向いた。短髪。歯切れのいい話し方。なんとなくゴルフ、好きそう。オシャレ。そう思ったのは、片手だけ焼けた手を見たからか、診察室なのに軽快なジャズが流れているからか。
先生の前に置かれた小さな丸椅子に、亮さんを抱いたまま座る。障害のことや、必要事項を伝えた。
「私、見た目は若く見えますが、ちゃんとした賢いお母さんです」
昔から、賢く見せることだけは得意な私だ。
先生のリズムに合うよう、会話のスピードや話す内容、話し方にも気をつける。
ハキハキした端的な話し方に、ちょっとばかし強い印象はあるけれど、信頼でそうな先生だなと私は思った。
ただ、失敗しないか、不快な思いをさせないかとか、診察のたびにそんなことを考えていて、私はいつも緊張していた。
「前もってボタンは外しておかないと」え? 私、今怒られてる?
そんなある日、また鼻をぐずぐずいわせた亮さんを連れて、診察に訪れたときだった。
「じゃあ、おなか見せて」
はい、と言い、亮さんのズボンを下げ、ロンパースの股ボタンをモゾモゾと外しにかかった、そのときだった。
「お母さん」
先生に呼ばれた。
「はい」
何? 今忙しいんですけど、と思いながらと顔を上げる。
「これから診察するんだから、おなか診ることわかるでしょ。前もってボタンは外しておかないと」
真顔の先生と目が合った。
え? 私、今怒られてる? ロンパースのボタンを外しているだけで?
驚き、ショック、悲しみ、怒り。これか。これが「ちょっと癖がある」というやつか。
「失敗した! 否定された! この人嫌い!」
『優等生』を演じてきた私が、頭の中で泣きながら紛糾している。
「だが、待てよ」
頭の反対側から声が聞こえた。ここで先生を嫌いになることもできる。
でも、ホントにそれでいいのか?