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「この子、殺してまうかもしれません」止まない夜泣き、心身の限界…“脳性まひ”の1歳息子を育てる母親が抱えていた苦悩

『ピンヒールで車椅子を押す』より #2

2023/09/23
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よし! アホになろう!! 笑顔とお詫び、そして渾身のタメ口

 私にも悪いところはある。もちろん言い分はあるが、悪いところがあるかないかでいえば「ある」。

 それに、このまま「傷つけられた」と言って拒否をする、そんな自分が嫌やな。

 そして私はひらめいた。

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 よし! アホになろう!!

 モデルは学生時代の愛されキャラ「くり子」だ。名誉のためにお伝えするとくり子はアホではない。いい意味で彼女は「アホになれる」天才なのだ。例えばどうしてもその日に出さなければならない提出物を彼女が忘れたとき。彼女は、満面の笑顔で、こう言った。

「やーん、ごめん先生、忘れてた! 今度ご飯一緒に行ってあげるから来週まで待ってー」

 それを受けた先生が、

「何をゆーてるんや。こっちからお断りや」

 と言いながらも、

「明日には必ず提出せえよ」

 と笑って答えたときには、度肝を抜かれた。こちらを見てペロッと舌を出す彼女にカルチャーショックを受けたとともに、アホの力を目の当たりにしたのだった。

 くり子ならこんなとき、どう返すだろう。私は考えた。そしてにっこり笑ってこう伝えた。

「ほんまですね! もー、気がつきませんでした! 先生ほんまごめん!」

 笑顔とお詫び、そして渾身のタメ口だ。

 すると先生は

「はい。たのむよ」

 と、笑ってくれた。

「勝った」

 そう思った。

その日を境にまったく緊張しなくなった

 そのときは何に勝ったのかはわからなかった。

 でも今ならわかる。私は、私に勝ったのだ。私の中の、ただ傷つくことを恐れて、相手を批判し逃げ出すだけの弱い私に勝ったのだ。

 A先生の前でアホになると決めた私は、その日を境に先生に会うときに、まったく緊張しなくなった。

 あれから20年経つが、亮さんだけでなく、亮さんの妹のつかさも今だにお世話になっている。何かあったときは親身になって私の相談にも乗ってくれる最高の先生だ。

「人との出会い」は、「新しい価値観との出会い」ともいえる。新しい価値観に触れることで成長できたり、時に囚われていたものに気づかされることもある。

 私にとって、そしてきっと亮さんにとっても大きなターニングポイントとなる出来事も、ある出会いによってもたらされる。それは3年後の運動会の日だった。

ピンヒールで車椅子を押す

ピンヒールで車椅子を押す

畠山 織恵

すばる舎

2023年7月7日 発売

「この子、殺してまうかもしれません」止まない夜泣き、心身の限界…“脳性まひ”の1歳息子を育てる母親が抱えていた苦悩

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