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日本最高峰の料亭でもなく、ミシュランの星でもなく…料理人・笠原将弘(51)が目指す“憧れの存在”

日本最高峰の料亭でもなく、ミシュランの星でもなく…料理人・笠原将弘(51)が目指す“憧れの存在”

笠原将弘インタビュー#2

2023/09/23

genre : ライフ, 社会

 やってみると、意外と面白いなって思っちゃった。テレビや雑誌の企画と同じようなことをいっぱいやってるけど、何が違うかって、YouTubeは全部自分で自由に決められるわけ。テレビだと、こういう料理はやめてくださいとか、雑誌も、家庭では難しいからそれはちょっととか、そういうことが意外とストレスになってたんだなって気づいたんだよね。俺だったらこの時期にこういう料理が食べたいなっていうのが、タイムリーにできるじゃん、YouTubeって。構成も全部自分で考えられるところが、面白いなあって。

――前振りも面白いです。「娘が自撮り棒と間違えてごぼうを買ってきたから、今日はたたきごぼうをつくります」とか。

笠原 あのへんを冗談としてわかってくれる大人に観てほしいですね。全部自分で考えてるから、ジャッキー・チェンみたいだろって、よく言ってます(笑)。

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 あと、俺ラジオが好きでしょう? ラジオの収録を動画でやってるような感覚で、トークもアドリブで、意外と自分には合ってたね。

撮影 榎本麻美/文藝春秋

「50歳でまだこんなぺらっぺらでいいのかな」

――笠原さんは昨年50歳になられましたが、どんなお気持ちですか?

笠原 「賛否両論」の20年と一緒で、あっという間だったなっていう気持ちと、俺って50歳になるんだなって。

――どういう意味でしょう?

笠原 子どもの頃の50歳って、きちんとした大人というイメージでしょ。いざ自分がなってみたら、50歳でまだこんなぺらっぺらでいいのかなっていう気持ちと、もう折り返しは過ぎたなっていうふたつの感覚があるね。

 料理人としては、50歳はちょうどいい年頃で、体はまだ元気で、おかげさまで料理人になって30年という経験値もある。「賛否両論」をはじめた32歳の頃は、目上の人が来ると必要以上に構えてたけど、いまはどんな人が来られても、すごくいい対応ができる自負がある。そこはよかったと思います、50という歳になって。それくらいかなあ。

撮影 榎本麻美/文藝春秋

――はい。

笠原 あとは親父が亡くなったのが52歳だから、あーあのときの親父はこんな感じだったんだって。その年齢は超えなきゃなって思います。

 家族が3人も早くに亡くなって、その人たちのためにも、俺も同じように早死にしたら怒られるだろうと思ってね。せっかく3人の姿を見ているわけだから、人間ドックは必ず行くし、健康に生きることが自分の責任かなと思いますよね。

――夏休みはとられましたか?

笠原 2日間休みがとれて、娘たちと広島に行きました。最近は、子どもたちが勝手に行き先を決めちゃう。俺は、お金を出すだけ(笑)。うちはいまでも、飯行こう、旅行行こうって、喜んでついてくるから、そこはよかったなあと思います。

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