信じられない実話である。オーシャンスイムの最難関とされるフロリダ海峡を50時間以上、一睡もせず泳ぎ続けて横断した人がいる。2013年9月2日、米国人女性ダイアナ・ナイアドはキューバ―米国フロリダ間、約180kmを自力で泳ぎ切った。彼女の年齢はなんと64歳。しかも、サメよけのケージ(泳者を保護し荒海で泳ぎを補助する働きもある)を使わずに達成した史上初の快挙だ。還暦を過ぎた女性が人類史上、誰も成し得なかった偉業をやり遂げたのだ。そんな彼女の前人未踏の挑戦を描いた感動作が『ナイアド~その決意は海を越える~』(ネットフリックスで配信中)。
物語は、20代のナイアド本人の記録映像から始まる。ナイアドという姓はギリシャ語で「水の精霊」。その名に相応しく、外洋遠泳の世界記録を次々と打ち立てた。そして28歳の時、“最後の挑戦”としてフロリダ海峡の横断に挑む。予測困難なメキシコ湾流の渦や高波に加え、サメやクラゲの大群が待ち受ける。
「無謀すぎると分かっているけど、私ならできると思う」
だが、挑戦は失敗。約30年後、還暦を迎えた彼女をアネット・ベニングが演じる。かつての麗しい面影は無く、鏡に映る顔には皺が目立つ。彼女は海峡横断挑戦後の自身のインタビュー映像を見返す。
「失敗したと感じています。特に精神的にです」
ナイアドは60歳にして再挑戦の決意を固める。2度目は61歳の時。あえなく失敗。7週間後、62歳で3度目の挑戦。クラゲに刺され失敗。4度目は雷雨に襲われ失敗……。
なぜ、この挑戦に拘るのか。
「複雑で深い感情に関わる」
幼少期に受けた性的虐待。親子関係の心の傷。そうしたトラウマが、感覚が遮断された外洋で幻覚となって蘇る。一方で、孤独な闘いを支えるかけがえのない友人や仲間たちの存在が彼女を前へと進める。人間が持つ底知れない力を感じさせてくれる一作だ。
INFORMATION
『ナイアド~その決意は海を越える~』
https://www.cinema-lineup.com/nyad