続けて、
「本件各公訴事実中、ルーシー・ジェーン・ブラックマンに対する猥褻誘拐、準強姦致死、死体損壊、遺棄の点については、被告人は無罪」
満員の傍聴席はどよめき、報道席に座っていた大手マスコミの記者たちは、この判決を伝えようと一斉に席を立って駆け出した。
傍聴席には家族の姿が
傍聴席の最前列には、警視庁捜査一課の捜査員に付き添われたルーシーの父親ティモシー・クエントン・ブラックマンと妹のソフィー、さらには通訳やイギリス大使館関係者などが席を占め、その後ろには同じく一課捜査員とオーストラリア大使館関係者、カリタの両親と姉たちが座っていた。
栃木裁判長が主文を言い渡した瞬間、身じろぎもせず聞き入っていた織原被告は勝ち誇ったように何度も頷き、傍聴席や弁護人席をまったく見ずに椅子に座った。ルーシーの父親ティモシーは、通訳から判決内容のメモを渡されると、厳しい表情を浮かべ、織原被告と裁判長を交互に見つめた。家族にもメモを回し、小声で何か囁きあっている。
この様子を見つめていた有働俊明(元捜査一課長)、阿部勝義(元捜査一課理事官)、丸山とき江(元捜査一課警部)らは無念をにじませた。事件を担当した警察OBたちにとっては、ただただ唖然として唸るだけの判決内容だったからだ。
犯人の手口は…
裁判長は、さらに罪となる事実を述べた。
「被告人は平成4年から平成12年6月までの間、9名の女性に対し、催眠作用を有する薬物を摂取させ、麻薬作用を有する薬物を吸引させるなどして同女らを意識障害に陥らせ、同女らの心神を喪失させて、その間同女らを姦淫し、うち1名に対し、吸引させたクロロホルムの作用により劇症肝炎を発生させて死亡させ、うち2名に対し、被告人が姦淫行為を撮影するために使用していたライトの熱により火傷を負わせたことで、準強姦6件、準強姦致傷2件、準強姦致死1件から被告人を無期懲役とした」
弁護側は被告人側の最終弁論で、「ルーシー事件ではルーシーが死亡したことと、遺体が発見されたこと以外、明らかにされていない」とした上で、「織原被告方から(被害者を)昏睡状態にする薬物は押収されているが、ルーシーに使った証拠はない」。さらに「死因を明らかにする証拠がない」と従来の主張を繰り返し、織原被告も結審に当たり、「ルーシー事件に関して暴行はしていないし、死体を切断することなどしていない。さらには埋めてもいない」などと無罪を主張していた。
裁判所は、ルーシー事件の準強姦致死、猥褻誘拐、死体損壊、遺棄については、直接証拠が乏しく、そのため余罪や状況証拠の積み重ねから検察側が立証しようとした捜査手法に対して、「そのような事実は推認力が乏しい」と立証能力を認めず、「犯罪の証明がない」と断じた。