黒澤明監督の名作のひとつに、『天国と地獄』という作品がある。身代金誘拐を巡るサスペンス作品で、1963年に公開された。序盤のハイライトのひとつが、特急「こだま」の洗面室の窓から身代金を投げ落とすシーンだろう。
その場所は酒匂川の鉄橋を過ぎたところ。映画公開の翌年には東海道新幹線が開業し、特急「こだま」は新幹線の「こだま」にお引っ越し。ほんの1年ズレていたら、『天国と地獄』の名シーンは生まれなかったかもしれない。
そんな酒匂川の鉄橋を、東海道線に乗って渡る。『天国と地獄』の公開から60年が過ぎて、「こだま」どころか東海道線には特急列車もほとんど走っていない。伊豆を目指す「踊り子」や通勤特急の「湘南」くらいなものだ。
なので、普通列車に乗って酒匂川。藤沢を過ぎて相模湾沿いを西に走り、平塚、大磯、国府津と来たら鴨宮。ここからお隣の小田原駅までの間に、酒匂川を渡る鉄橋がある。
……といっても、鉄橋を渡るのはほんの一瞬。あっという間に通り過ぎてしまう。よくこんな場所で人質の子どもの顔を確認してからお金の入ったカバンふたつを落とす、なんていう芸当ができたものだと感心してしまう。映画の中では牛を曳いた農家のおじさんもいるような牧歌的な風景が描かれているが、いまはビッシリと建物がひしめく市街地の中である。
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そうして酒匂川を渡ると市街地の中を抜け、列車は小田原駅に着く。東京駅から小田原駅まで、おおよそ1時間20分。人口約19万人、神奈川県西湘地域の中心都市・小田原市の玄関口だ。
そして小田原は、後北条氏が築いた小田原城を中心とする古の城下町。東京から日帰りもできる首都圏を代表する観光地のひとつでもある。
などといいながら在来線で小田原駅までやってきた。実際には、新幹線を使えば東京駅から30分ほどで到着する。新幹線のすさまじさは、あんがい近いところで実感することができるものなのだ。