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「章男くん程度の社員ならば、ごろごろいる」トヨタを世界一にしたサラリーマン社長が抱いていた“創業家への感情”

「章男くん程度の社員ならば、ごろごろいる」トヨタを世界一にしたサラリーマン社長が抱いていた“創業家への感情”

2024/02/13

source : ノンフィクション出版

genre : ビジネス, 企業, 経済

note

「トヨタ生産方式」の生みの親

 1970年代、トヨタは度々中国大陸に技術者などを派遣し、中国の自動車メーカー「第一汽車」などの技術指導にあたった。その先頭には常に英二がたち、その英二を脇で支えていたのが、「トヨタ生産方式」の生みの親、大野耐一だった。

 英二といい、大野といい、根っからの技術者だった。トヨタに比べれば、まさに幼稚な技術しかなかった当時の第一汽車の技術者たちに対し、大野はとことん付き合った。どんなに稚拙な質問でも、嫌な顔一つせずに真摯に受け止め説明した。

 大野は質問を受けると、

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「それはこういうことなんだ」

 と、車のエンジンルームに頭を突っ込んで、実地に説明を続けた。服部は、通訳として彼らの横に立ち、大野の言葉を伝えた。第一汽車の技術者が何度も同じ失敗をすると、大野は、

「君の翻訳が悪いんじゃないのか? どうして同じ間違いを何度もするんだ」

 と、キッと服部をにらみつけることもあった。大野のあまりの熱心さに、教えてもらっている方が、

「もう十分です。よくわかりました」

 などと言おうものなら、大野は顔を赤くして怒った。

「そんないい加減じゃダメだ。こっちも真剣にやってるのだから、最後まで君たちも真剣にやりなさい」

 大野の手は油に塗れていた。

章一郎氏が打ち明けた“不満”

 章一郎の前に立つ時、服部はなぜかいつも英二のことを思い出してしまう。知らず知らずの内に、2人を比較しているのかもしれなかった。服部は、人間味をもって接してくれる英二の方が好きだった。そんな服部の想いとは別に、章一郎ははっきりと、服部に不満を打ち明け始めた。

「服部君」

 章一郎の表情に変化はなかった。捉えどころのない、この表情が、服部と章一郎との距離を作っていた。

6代目社長・豊田章一郎氏 ©時事通信社

「服部君。僕は今ね、奥田君に左遷されているんだよ。僕は無視されているんだよ」

 服部は章一郎の思わぬ言葉に戸惑い、次の言葉を待った。

 章一郎は、長い付き合いの服部でも、いつもは気詰まりになるほど無口なのだが、この時はいつになく能弁だった。

「僕は無視されているんだよ」

 長年、欠かすことなく出席していたトヨタの「全国ディーラー大会」、「新車発表会」などの行事に、章一郎が招かれなくなったのだという。聞けば会長になって以来、奥田から、社業は自分がやるから財界活動に専念してくれと、何度も言われていたそうだ。しかしそれが、章一郎には不満だった。

 普段、ほとんど感情を表にすることのない章一郎が、珍しく感情を露にし、服部に訴えるのだった。もちろん、服部の後ろに奥田がいるのを、計算してのことだ。

「服部君、僕は無視されているんだよ」

 章一郎の口ぶりから、章一郎が発言以上の感情を、奥田に対して抱いているように感じられた。