文春オンライン

「体に悪いとわかっていても、汚染された水を飲むしかない」“世界最大の野外監獄”と呼ばれる、ガザが直面する本当の問題

『ガザとは何か~パレスチナを知るための緊急講義』より#2

2024/03/01
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生きながらの死

 大量の失業者が街にあふれている。ドラッグ依存症もものすごく拡大しています。以下の写真はトラマドールという鎮痛剤に覚醒効果があることが分かって依存症が急増しているので、「ドラッグに手を出すな、トラマドールに手を出すな」という啓発ポスターです。

「ドラッグはダメ」の啓発ポスター(著者提供)

 レバノンのベイルート・アメリカン大学のサリ・ハナフィさんというパレスチナ難民二世の社会学者は、パレスチナの状況を「スぺシオサイド(空間の扼殺)」と名付けています。スペース(空間)+サイド(殺すこと)で、「空間を殺す」という意味です。ここで言う「空間」とは、人間が人間らしく生きることを可能にする、そういう生の条件のメタファーです。戦争のように直接的に人を殺すのではなくても、人間らしく生きることを可能にする条件をことごとく圧殺していくことによって、彼らがそこで、人間らしく生きることを不可能にしてしまう。

 2014年の51日間戦争(編注:西岸でイスラエル人入植者の青年3名がパレスチナ人に殺害されたことがきっかけで、ガザに対する攻撃に発展した。その直前、ガザのハマース政権と西岸のファタハ政権による統一政府を実現しようとする動きがあり、イスラエルの攻撃はこれを妨害するためのものと見られている。イスラエルは事件をハマースによるものと主張しているが、ハマースは否定している)の時に、ハマースは無条件停戦案を拒否しました。封鎖解除を条件にしない停戦は受け入れることができない、と言って。それに対して日本や国際社会の報道は、ハマースを非難しました。「せっかくイスラエルが停戦を提案したのに、ハマースが自分たちの条件に固執してそれを蹴ったがために空爆が続き、ガザのパレスチナ人が殺されている」と。ガザのパレスチナ人を殺しているのはイスラエルなのに。

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イスラエルによるガザ地区への空爆後、負傷した少女を運ぶパレスチナ人男性 ©︎EPA=時事

 その1週間後、ガザの市民社会の代表たちが世界に向かって英語で、「封鎖解除なき停戦はいらない」(著者注:英語原題は「ガザに正義なき停戦はない」)というタイトルのメッセージを発信しました。その中で、「封鎖解除なき停戦を受け入れろというのは、この攻撃が始まる以前の状態(すなわち7年間続いた封鎖の状態)にただ戻れということで、それは我々にとって生きながら死ねというのに等しい」と訴えました。完全封鎖のもとで生きることは、人間にとって「生きながらの死(Living death)」であるということです。

 最初の攻撃(08~09年)の後、サラ・ロイさんというガザの政治経済研究の世界的第一人者が、「世界は60年かけて、難民を再び難民に戻すことに成功した」ということを書きました。サラ・ロイさんはユダヤ系アメリカ人で、ご両親はともに第二次世界大戦のホロコースト生還者です。

「60年かけて、難民を再び難民にすることに成功した」とはどういうことか。