菅井はこれをA級順位戦で5局指した。他の棋士にも採用されており、公式戦で80局近くの前例がある。藤井は菅井との対戦で2局の経験がある。昨年4月の叡王戦第1局では藤井が角交換せず、持久戦になった。
だが本局ではわずか2分の考慮で藤井から角交換し、互いに馬を作る展開を選ぶ。藤井は自ら誘導して力戦にしたが、序盤から小刻みに時間を使った。居飛車の1歩得ではあるが、駒組みしやすいのは振り飛車側だ。
驚かされた藤井の「銀上がり」
しかし、「駒組みしやすい」というアドバンテージが27手目▲4七銀で吹っ飛んだ。1日目の昼食直前の手だ。大駒2枚の利きが直射しているところに、強く右銀を出たのだ。馬か飛車で取られてしまいそうだが、そこでうまい切り返しがある。この手が通って駒組みが楽になった。藤井は4筋に飛車を回し、銀を5六に出て飛車交換を迫り1日目が終わる。
2日目、封じ手で菅井が飛車交換に同意し、両者の駒台に飛車がのった。
藤井は自陣への飛車の打ち込みを防ぐために、バランス型の配置を維持するのだろう。振り飛車の美濃囲いに比べ、居飛車は玉が堅くないから神経を使うなあ、まあ長い戦いになるのだろう。……そんなことを考えながら、私は午前11時過ぎにJR南武線の西国立駅に着き、現地を散策してから控室に入った。そして盤面を見て驚いた。
えっ、なんで先手玉が金銀3枚に守られているの? で、いま(55手目)▲4六銀と上がったの! 桂頭は大丈夫なの?
立ち会いの中村修九段が取材対応から控室に戻ってきた。挨拶の言葉の前に2人そろって「銀上がりとは驚きましたねえ」と驚き合う。
検討してみるとなるほど、桂頭に歩を打たれても桂を跳ねれば大丈夫とわかる。右辺の守りは馬1枚に任せ、右金を玉に寄せ、ぐいっと銀を上がる。指されてみればなるほどだが、何手前から、いや何十手前からこの局面を想定していたのだろう。モニターを見ると藤井も菅井も厳しい表情をして盤面を凝視している。だが藤井の手に驚くのは、まぁいつも驚かされてばかりだが、本局でもこれは序章だった。