暗渠となった背景のひとつには、渋谷の地形が関係している。
道玄坂、スペイン坂、宮益坂など、渋谷には坂が多く、渋谷駅からどこへ向かうにも坂を登らなければならない。駅周辺がすり鉢状の底にあたる地形だからだ。それゆえ、かつては大雨が降るたびに、渋谷川の水があふれ、一帯が水浸しになるという問題があった。
そこに高度成長の波が押し寄せ、渋谷川で水質汚染が進み、悪臭を放つようになった。
こうした状況を受けて、渋谷川ではコンクリートによる護岸工事が行なわれ、川の上にふたがされたのである。キャットストリートは、かつては渋谷川歩道と呼ばれた通りで、暗渠となったのは1961(昭和36)年ごろのことだ。
銀座線の渋谷駅が地下鉄なのに地上にあるワケ
渋谷のこの特異な地形は、今日のユニークな街を生んできた。
たとえば、東急百貨店東横店。2013(平成25)年3月に東館、2020(令和2)年3月に西館・南館も閉館してしまったが、ここは川の上をまたぐように建てられた珍しいデパートだった。渋谷川が流れているため、地下一階の売り場がなかったのである。
また、銀座線の渋谷駅が地下鉄でありながら、地上三階に設けられたのも、この地形のためである。銀座線はいち早く戦前に開通し、比較的地下の浅いところを通っている。渋谷まで路線を延ばす際、大きく勾配をつけて谷底をくぐらせるより、あまり高さを変えずに地上を走らせるほうが、コストも安く、かつ容易だったからだ。
結果、渋谷駅では地下鉄銀座線が地上の三階で、その下(二階)にJRが走るという不思議な状況が生まれたのである。
渋谷駅周辺は現在も再開発が進められている。東急東横線は渋谷駅と代官山駅の間の約1.4キロが地下化し、2013年3月、渋谷ヒカリエ地下五階に東横線の渋谷駅が移って、副都心線との相互直通運転が始まっている。渋谷の変貌はまだまだ続いている。
筑波大学名誉教授、元副学長
地名作家。1945年、長野県松本市生まれ。千葉大学助教授を経て筑波大学教授。柳田国男研究で博士(教育学)の学位を取得。筑波大学退職後は地名作家として全国各地を歩き、多数の地名本を出版。2019年、難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されるも執筆を継続。主な著書に『京都 地名の由来を歩く』(ベスト新書、2002年)に始まる「地名の由来を歩く」シリーズ(全7冊)などがある。