「私たち、どうなるんだろう」
その日の夕方近くには、ヘリの音が聞こえてきた。期待していたとおり、捜索が始まったようだった。音は全然違う方向から聞こえてきていて、ヘリの機体も見えなかったが、捜してくれていることがわかっただけでもずいぶん心強く感じられた。
3日目の17日は、朝の8時半ごろからヘリの音が聞こえはじめ、ビバークしていた場所からもヘリの機体が何度か見えた。そのたびに生木を焚き火にくべて煙を出し、赤い雨具を振り回し、大声で叫んだ。しかし、気付いてもらえないまま、その日は暮れていった。
登山歴の長い祖父はともかく、ほとんど登山の経験のない女性3人にとって、思いもかけないビバークは大きなストレスとなった。1日目の夜には妹が、3日目の朝には母親が弱気になって泣き出してしまった。3日目の夜には早苗もこらえることができなくなり、「私たち、どうなるんだろう」と言って泣いた。
誰かが不安に押しつぶされそうになったときには、ほかの者がそれを受け止めた。優しく抱きしめながら、「大丈夫だから。絶対に帰ろうね」と励ました。早苗が言う。
「3人で助け合っていました。誰も『もうダメだ』というようなネガティブなことを口にすることはありませんでしたね。心で思っていても、言ってしまったらほんとうにそうなりそうで怖かったんです。心配だったのは、自分たちのことよりも、残された人たち、父親や弟のことです。2人のことばかり心配していて、どうやったら生きていることを伝えられるんだろうという話をしていました」
さすがに祖父が涙を見せることはなかったが、責任を感じて落ち込んでいた。
「自分のせいでこんなことになってしまって、ほんとうに申し訳ない」
そう詫びる祖父に対し、3人はこう言って慰めた。
「起こってしまったことはしょうがないじゃない。助かればいいんだから。巻き込んだのが他人じゃなくてよかったわよ」
ビバーク3日目、高齢の祖父の体力は…
ビバークも3日目になり、高齢の祖父の体力はだいぶ落ちてきているようだった。早苗らはときにマッサージをし、またときに抱きしめて祖父の体を温めた。祖父には少しでも体力を温存してもらい、とにかく救助されるまでがんばってもらいたかった。