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 次いで保育園の保母に連れられて4歳の妹が帰宅。3人で夕食を摂った後、光彦は「気分転換、時間潰し」で少女を強姦。継父が帰ってくると、背後から忍び寄り、肩を一突き。光彦はひとを刺し殺す感触をこう書く。

〈人間の体なんて、思ったよりスウッと力が入っていくものだな、と考えたりしたものです。もっと骨とか筋肉とか(中略)手に力が必要なのだろうと思っていたら、全然そんなことはなくて、あれならうなぎをさくときの方がよっぽど力がいるんじゃないかと〉

 4歳の幼女に手をかける場面は悲惨で、残酷で、言葉もない。目の前で鬼畜に妹を殺された少女の心情たるや察するに余りある。

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 明け方、突入した警官隊によって光彦は身柄を拘束され、地獄のような一夜に幕が降ろされた。

犯人が語った「誤算」

 光彦は逮捕後の心境をこう綴っている。

〈死刑なんてものは自分とはおよそ縁遠いもので、一度殺人を犯しておきながら、刑期を終えてから、あるいは仮釈放中に懲りずにまた同じ過ちを犯すような、どうしようもない、見込みのない連中の受ける刑罰だと。五〇、六〇過ぎて人を殺すような奴らと一緒にされてたまるか、とそういうのもありました〉

 少年犯罪への、その手前勝手な認識には驚くべきものがある。

〈20歳までの未成年ならどんな事件を起こしても(中略)全員が全員、少年鑑別所へ行って、そこから少年院てとこへ入れられるものだという程度の知識しか持ちあわせていなかったのです〉

※写真はイメージです ©PantherMedia/イメージマート

 無知で愚かな鬼畜の誤算である。地裁、高裁と死刑判決が下され、自暴自棄になったのか、面会の席ではこんな啖呵も切ってみせた。

「とっととくたばりたいんですよ。許されるならこの場で切腹でもして、自分の手で責任を取って、潔く死んでしまいたい。死刑が決まった人間を無駄に長生きさせる必要はないと思います」

最期の悪あがき

 しかし、最高裁による死刑確定後は、威勢のいい物言いとは裏腹に再審請求を繰り返し、刑の執行まで16年もの歳月(2017年12月19日執行 享年44)を要した。犯行当時未成年の死刑執行は、1997年の永山則夫(享年48 19歳でピストル連続4人殺害事件を引き起こす)以来、20年ぶりである。

 漏れ伝わる話によれば、弁護人のアドバイスで三度の食事と間食を詰め込むだけ詰め込み、元々大柄な身体はさらに大きくなり、体重120キロ超に達したという。絞首刑の回避を狙った肥満化とのことだが、まったく無駄な努力に終わった。哀れ、としか言いようがない。