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生き延びるために仲間を殺害

 島に漂着して1カ月も経たないうちに、ジョン・バルクリーは、仲間たちが分裂して敵対するのを目の当たりにした。まず、船匠助手のミッチェルをはじめとする荒くれ者9人が本隊から離れ、数マイル先に自分たちの拠点を構え、自分たちで食料探しをするようになった。この連中は、脱走組と呼ばれた。

 本隊の野営地から離れたことは、残りの者たちにとって望ましいことだったとも言えるだろう。しかし、連中は武装しており、キャンベルに言わせると「好き勝手に歩き回っていた」。そうした連中が森をうろつき回り、本隊野営地を襲撃したり小型艇や食料を持ち去ったりするかもしれないことが気がかりだった。

 野営地の乗組員が1人、ミザリー山で食料を探している間に姿を消した。捜索すると、遺体が茂みに押し込まれているのが見つかる。犠牲者は「数カ所刺され、驚くほどずたずたになっていた」とバイロンは記している。明らかに、彼のわずかばかりの持ち物が奪われていた。ミッチェルが「船を失ってから少なくとも2件の殺人」を犯したのではないかとバイロンは疑っていた。

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 遺体の発見、さらには生き延びるためなら殺しもいとわない者がいると判明したことは、捜索隊を震撼させた。船乗りは、死んだ仲間を必ず埋葬するものだ。バイロンが記しているように、「死者の魂は、遺体が埋葬されるまで平安を得られず、死者に対するその務めを怠った者の前に出没し悩ませ続ける」と広く考えられていたのだ。だが、この時にかぎっては、半ば凍った遺体をその場に置き去りにし、急いで立ち去った。

複数の集団が互いに敵意むき出し…予断を許さない状況に

 野営地にいる者たちの中にも、亀裂が広がりつつあった。掌帆長のジョン・キングをはじめ多くの者が、チープ艦長をあからさまに見下した物言いをするようになっていた。彼らにとって、チープは頑固で見栄っ張りで、自分たちを地獄の業火に放り込んでおきながら救い出す能力のない男だった。

 そのチープに、なぜ自分たちの仕事や食料の割り当て量を決めさせなければならないのだろう。すでに船はなく、海軍本部もなければ、政府もないというのに、チープに絶対権力を行使する統治権を与える理由はどこにあるのだろう。チープに忠誠を誓っていた士官候補生のキャンベルは、多くの者が「艦長をしきりに非難し、艦長を支える下級士官たちをなじる」と嘆いている。

 チープはというと、仲間内に何か不穏な動きがあれば海兵隊長ロバート・ペンバートン率いる海兵隊員が鎮めてくれるものと思っていた。ところが、ペンバートンは、武装した海兵隊員を引きつれて自分たちだけで徒党を組み、チープから離れていく。ただし、前哨基地にはそのまま留まり続けた。

 こうした海兵隊員の所属は厳密には陸軍であること、そして今いるのは陸であることから、ペンバートンは海兵隊員に対する指揮権は自分にしかないと主張した。そして自分の小屋の中で木製の椅子を組み立て、周りに部下の兵士を立たせて威厳たっぷりに腰を下ろした。小屋の上にはずたずたに裂けた旗を掲げ、自分の領地であることを示した。

 敵対する複数の長が立ったせいで、ウェイジャー号の乗組員たちは「無政府状態」という海に沈みかけているとキャンベルは記している。互いに敵意むき出しで、相手を襲いかねないほど反発し合っていたため、「何が起こるか予断を許さない」状況だった。

 バイロンは、自らが陰謀と呼ぶものに巻き込まれるのを避けようと、1人で村はずれに移動した。

「どの集団も好きになれなかったので、1人には十分な大きさのこぢんまりした小屋を建てた」と記している。