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傍らで丸くなっていた犬が唸り始め…

 バルクリーは、少しでも栄養を補給しようと、カウェスカルの人たちが魚を獲っていた礁湖に数人で向かった。だが、自分たちだけでは魚1匹見つけられなかった。「今の我々の暮らしは非常に厳しい。貝類はきわめて少なく、なかなか手に入らない」とバルクリーは記している。

 その年の6月、冬が到来すると、日照時間が短くなり、気温はつねに氷点下になった。雨は雪や霰になることが多くなった。霰が降ると、「耐えきれないほど激しく人の顔を打ちつける」とバルクリーは記している。掌砲長としてのストイックさとは裏腹に、バルクリーは「このような悪天候に遭遇したことがあるのは我々くらいのものだ」と弱音を吐き、状況は「きわめて厳しいので、テントの中に留まって餓死するか食料を求めて外に出るかしばし悩む」と記している。

 ある日、バイロンが小屋の中で暖を取ろうとしていると、傍らで丸くなっていた犬が唸り始めた。

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 バイロンが顔を上げると、凶悪な目つきをした乗組員たちの一団が出入口にいた。バイロンの犬が必要だと言う。

 何のために、とバイロンが訊ねた。

 すると、犬を食べなければ、自分たちは飢え死にしてしまう、と言う。

 バイロンは、犬を連れて行かないでくれと懇願した。だが、彼らは悲鳴を上げる犬を小屋から引きずり出した。

「飢えという切迫した欲求に抗う術がなかった」

 ほどなく、犬の鳴き声は聞こえなくなった。屠られたのだ。犬が射殺されたのか手で絞め殺されたのかは、とても詳述できないと言わんばかりにバイロンは記録に留めていない。腹を空かせた男たちが火の回りを囲み、自分の分け前を待っている間、犬は火であぶられていた。バイロンは心をかき乱され、一人小屋にいた。だが、やがて小屋を出て、火明かりと煙の中で犬の肉や内臓をむさぼり食う男たちを見つめた。この時のことを掌砲長のバルクリーは、「我々は、英国の羊肉も及ばないほどうまいと思った」と記している。

 バイロンはついに手を伸ばし、自分の分を口にした。その後、捨てられていた前脚の一部や皮の切れ端を見つけ、それも食べた。「飢えという切迫した欲求に抗う術がなかったのだ」とバイロンは告白している。

 詩人のバイロン卿は、この祖父の記述を引き合いに出し、叙述詩『ドン・ジュアン』に次のように記している。

 彼らに何ができようか? それに、飢えた者の怒りが抑えきれなくなったのだ。

 だから、ジュアンのスパニエルは、彼が懇願したにもかかわらず、屠られ、その場で食べるために分配された。