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 藤井は「次は持将棋がなければ最終局になると思うので……」と笑いを誘った。ほほお、ここでそのネタですか。今年2月の棋王戦第1局では、後手の伊藤に見事な研究と絶妙の入玉術で持将棋に持ち込まれた。藤井は「こちらの工夫が足りず、結果として伊藤七段の手のひらの上、というような将棋になってしまった」と述べ、伊藤はその「持将棋定跡」で第51回将棋大賞升田幸三賞を受賞している。それにかけてのジョークなのだが、この勝負の後に聞くと、なんとも余裕のある発言だ。

 しかし伊藤も「次局も非常に注目していただける舞台だと思うので、熱戦をお見せできるように頑張りたいと思います」と、いつものように淡々とながら、しっかりした口調で述べた。

 2人が戻った後、我々も挨拶して解説会が終了。感想戦を見ようと対局室に入って驚いた。藤井が何度も笑みを浮かべている。先日終わった名人戦でもこの叡王戦でも、ほとんど見なかった表情だ。何か彼の中で、余人の知らぬ変化はあったのかもしれない。常ならぬ人生を生きている若者だが、彼だって人間なのだ。いつもそれを忘れそうになるけど……。

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感想戦では藤井聡太叡王に笑顔も見られた

 両者とも手元で扇子をパチパチクルクルさせ、考えながら手を進めていく。読みに集中しだすと駒を回すのが藤井の癖だが、駒台には駒がない。すると、盤上にある9一の香を持ってクルクルしはじめた。ああ、そんな新手があったか。歩が駒台に上がれば歩に持ち替えてクルクルする。やっぱり盤上の駒は置いておいたほうがいいよね……。

感想戦の最中、歩をクルクルさせる藤井聡太叡王

全員が驚いた「と金無視」について伺うと…

 伊藤が悔やんでいたのが、歩を成ったこと。藤井に無視されて、結果的に緩手になってしまったのだ。代えて▲8二歩と飛車先を叩いたほうが粘れたと言う。「△7五馬が思った以上に痛いんですね」と低い声でつぶやいた。敵玉の近くにと金を作った手が緩手だったなんて、なんて厳しい勝負なのか。なんてレベルの高い将棋なのか。