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「仕事ができる/できないの境界が描かれて……」“絶対に立ち止まれない”究極のお仕事ミステリは、一体どのように誕生した!?

「仕事ができる/できないの境界が描かれて……」“絶対に立ち止まれない”究極のお仕事ミステリは、一体どのように誕生した!?

荒木あかね×森バジル

source : オール讀物 オール讀物2024年7・8月特大号

genre : エンタメ, 読書, 娯楽

note

テレビは面白い!

 荒木 テレビの生放送を舞台に、多視点でストーリーが切り替わっていきますが、一人ひとりのキャラクターの脳内がよく見えます。デビュー作では、一つの物語の中に五つの小説ジャンルを取り込み、視点人物を切り替え、時間の行き来までさせていましたよね。それでも、読み手が変化を受け入れられる土壌が整備されているので、すっと物語に入っていけました。私は一人称で時系列に話が進む作品が多いのですが、まずプロットでかっちり内容を決めています。長篇は、まず一万字を超えるプロットを作り、そこに肉付けしていく形で書き進めるのですが、森さんは一体どのように小説を書いているのか、気になります。

荒木あかねさん

  視点に関しては、荒木さんと正反対で、どうしても多視点で書いてしまうんです。僕の場合、物語の重層性がほしくて、色んな人物の内面を書きたくなってしまうので。また、一人だけの視点で長篇を書くと、平坦で退屈な時間ができてしまうのが怖いのもあります。デビュー作は、前の章に出て来た人物が後ろの章で再登場する構成になっていました。一目で情報を把握できるような、時間の流れと人物の年表を、Notionで作っていました。それでも校正者の方からは「年齢が違う?」と指摘がありましたし、課題は多いです(笑)。

 荒木 森さんの作品は、たくさん出て来るキャラクター一人一人が魅力的ですよね。今作は登場人物の数自体が多く、かつ個性もバラバラです。生放送特番「ゴシップ人狼2024秋」という同じ番組に向き合いながら、スタッフも出演者も、みんなが異なる思惑を持ちつつ、それぞれの仕事を担っている。再起をかけるお笑い芸人の仁礼左馬(にれいさま)は、見ているこちらまで具合が悪くなりそうな空回り方をしているし、一方、ギャルモデル出身のタレント・京極(きょうごく)バンビちゃんは非常にクレバーで、やるべき仕事をびしっと決める。番組収録の現場を目の当たりにしている気持ちで読み進めました。かなり取材されたのではないでしょうか。

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  リモートで現役テレビディレクターの方にお話を伺いました。実は、主人公の幸良涙花(こうらるいか)P(プロデューサー)は、役職にしてはやや若いんです。とはいえ「局によって制作事情はかなり違う」との証言を得たので、「それならけっこう自由にやってもいいか」と自分なりに納得したり(笑)。番組収録が実際にどのような場所で行われているかは、バックヤードを動画に録って送っていただきました。人物設定や芸能人の頭の中は、バラエティ番組を参考にしました。最近は、本音や裏側を語る番組も多いじゃないですか。「ギャルタレントは賢くないとなれないんだな……」「一発屋芸人特有の葛藤もある……」と、一視聴者として感じたことを生かしています。もしかすると、特定の方が脳裏に浮かぶかもしれませんが、全くの別人ですので(笑)。

森バジルさん

 荒木 福岡にいても、テレビ番組の取材ができるとは驚きました。物語はタイトル通り、「なんで死体がスタジオに⁉」という状況から始まりますよね。番組に出演するはずだった芸能人が死体になって姿を現した……という冒頭の大きな謎が、謎解きの面白さを引き出しながら物語を引っ張っていきます。放送中に空白を作ってはいけないですし、さらに幸良Pには視聴率とSNSでの盛り上がりの2つにおいてノルマが課されている。彼女は目標を達成できなかったらテレビ制作から外されてしまう、大変な崖っぷちに立っています。

  ミステリの難しさに、死体が出て来るまでが退屈になってしまいやすいことがあると思います。だからこそ、なるべく早い展開をという考えで、まず死体を出しています(笑)。その分、有栖川さんの作品を拝読して「退屈する隙がない」と感動しました。文章がとても綺麗な上に、読んでいて楽しい会話や火村のパンチラインが随所に出てきて……格好良さにどんどん読み進めました。