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「仕事ができる/できないの境界が描かれて……」“絶対に立ち止まれない”究極のお仕事ミステリは、一体どのように誕生した!?

「仕事ができる/できないの境界が描かれて……」“絶対に立ち止まれない”究極のお仕事ミステリは、一体どのように誕生した!?

荒木あかね×森バジル

source : オール讀物 オール讀物2024年7・8月特大号

genre : エンタメ, 読書, 娯楽

note

面白さに出会い直す

  そもそも、生放送を小説の題材にしようと思いついたのは、清張賞受賞直後に観に行ったトークライブがきっかけでした。南海キャンディーズ・山里亮太さんが一人で喋り倒す「山里亮太の140」へ行ったんです。トーク内容については「皆さんは会場を出たら記憶を失う魔法にかかります」と言われているので、詳しくはお伝えできないんですが(笑)。ただ、その場でテレビの生放送についても言及されていて、「生放送で何か事件が起きたら面白そう……!」と興味を持ちました。

 荒木 小説に出てくる「ゴシップ人狼」という企画も、テレビ番組として本当に面白そうですよね。やはり元々バラエティ番組がお好きだったんですか?

  実はそうでもなかったんです。宮崎出身なので、見られる民放チャンネルは二つだけだったこともあり、テレビっ子というほどではありませんでした。大きな転機となったのはTVerが誕生して、見逃し配信を利用するようになったことですね。テレビはレガシーメディアとして「見てない」「面白くない」と否定的な意見も最近は多いと思います。でも、ちゃんと見てみるとやっぱりコンテンツとして楽しめるように作られてて、笑って見れる。「テレビって面白いな」と再認識するきっかけにもなった、2019年のM-1グランプリとそれ以降に見るようになった「あちこちオードリー」などのバラエティが、個人的には大きかったです。

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母校の九州大学にて

「ゴシップ人狼」という番組企画を思いついたきっかけは何だったか……忘れてしまったんですが(笑)、ただ、幸良Pが所属するテレビ局は、「6番目の在京キー局」にしようとは意識していました。具体的な名前は書いていませんが、「日テレではない」「TBSでもない」と暗示して、既存の局ではないと伝えたかったんです。たとえば「帝国テレビ」など、ありそうで存在しない名前を付けるのも一つの手としてあるとは思いますが、それは避けました。なるべく固有名詞は変えずに使いたいと思っていて、「週刊文春」などもそのまま出しています。

作家という仕事

 荒木 今作は“絶対に立ち止まれない”極限状態のお仕事小説ですよね。「出演者/裏方」という立場上の明確な線引きがある中で、それぞれがプロとして仕事をしています。加えて「仕事ができる/できない」という働くスキルの違いも描かれていると感じました。ドジな幸良Pのエピソードがどれも具体的なので、「同じ状況下にあったら、私もやらかしそう」と胃を痛くしながら読みました。お仕事小説全般において、がんばって働いた人のサクセスストーリーが多いように思っていたのですが、仕事ができない側に立った物語は、非常に新鮮でした。

  ありがとうございます。読者の方に「こんなこと言ってもらいたいな」というような感想ばかりいただいてしまっています(笑)。

 荒木 実は、私も完全に“できない”側だったんです。デビュー当時は新卒で入った会社に勤めていて、本当にミスが多かったんです。専業作家になるという選択は、それなりの覚悟だったり、やっていけるという自信があった上での決断と思われがちですが、私の場合はそうではない。「2つの仕事を同時には続けられないから」というのが、正直な理由です。それもあって、登場人物たちの失敗や奮闘ぶりに、心を揺さぶられました。結局、私は半年ほど兼業を続けた後退職し、そこからは専業作家です。森さんの二足の草鞋(わらじ)状態は本当に尊敬します。

  「専業作家になる」という目標は、まだはるか遠くにあるので、その決断を下した荒木さんはすごいです。兼業だと時間が足りないなと思う一方で、利点もあります。作家として話すときは「兼業なので」というスタンスで構えられて、会社では「これは作家の方で発散しよう」と感情を使い分けたりして。コウモリみたいに立ち位置を変えてバランスを取ってます(笑)。