呪術の痕跡のなかで最もゾッとしたのは…

 わたしがこれまで目にした呪術の痕跡のなかで最もゾッとしたのは〈志明院(しみょういん)〉本堂のそれだろう。なぜって、それはシンプルにここがものすごい山奥だからである。鴨川の源流にある創建650年の寺院は、車を使えば京都駅からでも1時間足らず、距離的にも貴船と大差はない。しかし市街地を抜けてからの異界に飲まれるような感覚は独特である。

志明院
志明院

 そんな秘境まで藁人形を携えて五寸釘を打ちに登る執念というか妄執というかが、いかばかりかを想像するとしみじみと恐ろしい。

 志明院は超自然現象のメッカとしても知られている。寺院に併設される宿泊施設に滞在した『竜馬がゆく』の大作家・司馬遼太郎は数々の怪奇現象を目の当たりにして「魑魅魍魎(ちみもうりょう)の最後の砦」と評した。その話を聞いてここを訪ねた宮崎駿が『もののけ姫』の舞台に設定したというエピソードも知られる。ああ、そうか。もののけ姫=サンが顔を朱で隈取り赤い血で口の周りを汚すのは、彼女が恨みをたぎらせる鉄輪女でもあるからなのだ。

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 たぶん丑の刻参りをめざす女たちにとって魑魅魍魎はもはやお仲間なのだろう。ならば志明院はむしろ心安らぐ場所なのかもしれない。

「結局一番怖いのは人間」だという。そうだよなと深くうなずくが、より正確には怖いのは「人間の願望」なのだと思う。それが呪いだろうと、縁切りや縁結びだろうと激しい願望はときに人を根本から変質させ、常軌を逸した行動に走らせる。

 一般的には厄落としのシンボルであり夫婦和合や多産を象徴するユーモラスな「おかめ」「お多福」だって念が凝り固まればすさまじいものになり得る。そういう意味で〈千本釈迦堂〉のおかめ像コレクションは一見に値する。鉄輪女とは正反対のはずの福相の裏に秘められた願望のエグさに息を呑むだろう。

千本釈迦堂 北野