「お母さんが養育できなかった子とだけ、聞きました。初対面では、担当の保母さんにしがみついて、私たちには寄ってこなくて。子どもって、違う環境に置かれるってわかるんですよね。なかなか距離が詰められず、何回も通いました。それが、だんだん近寄ってくれるようになり、家にも何回かお泊まりをして、児相もこれなら大丈夫と判断したタイミングで、最初の里子を迎えました。その日のこと、今でもとてもよく覚えています」
3歳の男の子の手をひき、その身体を抱いた時、ワッと実感が湧いて、重い責任に押しつぶされそうになった。
「私、本当に最後まで、この子を育てられるのかという不安が実感として押し寄せました。初めての育児で突然、3歳の子と一緒に暮らすわけですから」
だが、初めての育児に待っていたのは、子どもと暮らす楽しさだった。公園で一緒に遊び、天気がいい日にはお弁当を作って川原に行った。どれも、全てが楽しかった。
乳児院での経験しかない純平くんは、よく坂本さんを驚かせたという。
「鯉のぼりをえらく怖がるものだから、なぜ? と聞くと『あんなところにいたら、あの鯉、お空の天井にぶつかっちゃうよ』と言ったり、バスのアナウンスが流れると不思議そうにスピーカーを見て『あんな狭いところに、人が入ってるんだね』と言ったりね。社会経験がとても少なかったので、彼にとっては全てが新鮮に映ったみたいです。そして、そうやって彼の言うことが、私にはものすごく新鮮だった。本当に、全てが面白かったんです」
乳児院と社会のギャップが「問題行動」に…
もちろん初めての育児が全て順調に進んだわけではない。純平くんには、問題行動もかなりあった。
「人の家に遊びに行ったら、勝手に冷蔵庫を開けるし、欲しいものがあれば持って帰って来ちゃう。初対面の人のバッグを開けちゃうなんてこともしょっちゅうで。あるものを取り合って、自分のものにする乳児院の世界から、なかなか抜け出せない。でも、当たり前ですよね。それが、生まれ落ちた時からの環境なんだもの。私たちにはあり得ないことが、彼らにとっては普通のことだった。だから、ちゃんとしなければいけないとそのあたりは何度も厳しく教えました」