「松本四郎は偽名で、本名は大米龍雲」

 氏名、年齢を追及したところ、紳士は東京・浅草区(現台東区)千束町1丁目、士族、書家・大米龍雲(44)だが、その名前は禅宗寺に生まれて命名されたもので、通称は松本四郎。女は福岡県田川郡添田町中之寺の中山たま(40)と申し立てた。手荷物などは彼女の名前を使っていた。それを聞くと、刑事はいち早く捕縄を取り出して龍雲を縛り、龍雲がいろいろ悪口雑言を言うのを耳にかけず「警視庁から逮捕の照会があり、強盗犯人として逮捕する」と言明した。

 ずうずうしい龍雲もさすがに閉口したようで、刑事に「旦那」の尊称を付け、捕縄の縛りを緩めてくれと哀願するようになった。福岡署に引き立てて留置場に入れ、警視庁に逮捕したことを電報で知らせた。

 その後受けた警視庁などの取り調べにも、男は最後まで本名や本籍などを明らかにしなかった。というより「妾腹で戸籍がなかった」と後日の新聞報道にある。『警視庁史大正編』は「松本四郎は偽名で、本名は大米龍雲」としているが、これも本人の供述が基だから完全には信用できない。「松本四郎」で通した新聞もあるが、便宜上、世間に広まっている「大米龍雲」で統一する。

ADVERTISEMENT

福岡から東京への移送を拒み、大暴れ

 こうして身柄は押さえたが、それからが一苦労だった。新聞は報知同様、諏訪ノ森の老尼殺しの容疑を一斉に報道。警視庁から河内刑事と同僚の2人が身柄の護送のため福岡に到着した。ところが……。「兇漢東京護送を拒む 福岡署にて狼の如く暴る 自働(動)車にて(ようや)く博多驛(駅)へ」。8月13日付福岡日日はこんな見出しで社会面トップで報じた。

 記事の概要は――。