命がけの訓練

 安藤たちは、特別訓練に入った。横須賀久里浜の砂浜の松原に建てられたバラック建ての兵舎に閉じ込められての訓練であった。

 秘密漏洩(ひみつろうえい)を恐れ、一歩の外出も許されなかった。

 潜水帽に潜水服というまるでロボットのような姿をした安藤らの群れは、いっせいに海の底に身を沈めた。命がけの訓練であった。

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 訓練が終わっても、海から上がって来ない仲間もいた。

 潜水帽内の酸素を、鼻から吸い、息を管に吹きつけるように吐く。炭酸ガスとなった吐いた息は、管を伝わって、背中の清浄函に入る。そこで、炭酸ガスは酸素に還元され、ふたたび潜水帽の中に送りこまれる。それを繰り返すことにより、1時間でも潜っていられる。しかし、ひとたびその呼吸法を間違えると、ガス中毒を起こしていい気持ちになり、死んでしまう。

 呼吸法は正確にできても、清浄函を、岩角にぶつけたり、大きな魚に突つかれると、爆発を起こす。清浄函のなかには、苛性(かせい)ソーダが入っている。呼吸をすると熱を持つから、常に海水で冷却していなければ爆発してしまう。そのため、きわめて薄いスズ板でできている。破れて浸水すれば、苛性ソーダが爆発を起こし、顔面火傷(やけど)する。即死である。

 全身焼けただれた無残な姿になって引き上げられる者がいる。

 なかには、海底から、ついに上がって来ない戦友もいた。安藤たちは、そのようなとき、いつまでもいつまでも、静かに凪(な)いでいる海を眺めつづけた。そうしていると、いまにもその戦友が、ポッカリと海坊主のように、丸い潜水帽の頭を浮かせる気がしたのである。

写真はイメージ ©アフロ

伏龍として働くときがきた

 8月8日の真夜中、安藤らは、バラック建ての兵舎で叩き起こされた。

「敵部隊が、相模湾に現われた!」

 安藤は、窓の外に眼を放った。真っ赤な盆のような月が出ていた。いいようもなく不気味であった。

〈いよいよ、来たか……〉

 熱い興奮をおぼえた。この日のために、特別訓練をつづけてきたのだ。伏龍として働くときがきたのだ。

 特攻命令が出ると、上官が言った。

「おまえたち、いよいよ御国のために生命を捧げるときがきた。両親や兄弟に遺言を書いておけ。みごとに散華したのちには、かならず遺言は届けてやる」