字が読めないという理由だけで、妊娠中の女性の中絶を促したことも…。かつて世界の国々が実施していた「断種(強制的な不妊手術)」。その根源となる「優生学」にとらわれ、おぞましい人体実験の数々を行った科学者のオトマール・フォン・フェアシュアーのエピソードを紹介。フリーライターの沢辺有司氏の新刊『マッドサイエンティスト図鑑』(彩図社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む

写真はイメージ ©getty

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「優生学」に囚われた科学者

 ドイツ中部のゾルツの貴族の家系に生まれたフェアシュアーは、マールブルク大学で当時、世界的に流行していた「優生学」(当時の「人種衛生学」)の研究に没頭していた。

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 優生学とは、ダーウィンの進化論(生物が生存競争と自然淘汰によって環境に適応しながら進化してきたとする説)やメンデルの遺伝の法則(親から子へ一定の形質が受け継がれているとする法則)などを背景として生まれた思想である。人間のなかでも遺伝的に望ましい形質をもつ者を残し、そうでない者を取り除くことで、人為的に進化と淘汰を推し進める。それにより国家や民族、さらには人類の進歩を促そうという考えである。

 優生学の先進国はアメリカだ。1907年にインディアナ州で世界初の断種法が成立し、1920年代までにほかの州にも広まり、デンマークやフィンランド、スウェーデン、アイスランドなど北欧諸国に広まった。断種とは、たとえば犯罪者や障害者を対象に、男性の輸精管、女性の輸卵管を切除するなどの不妊手術を行うものである。

 フェアシュアーはミュンヘン大学で医学博士号を取得し、テュービンゲン大学の付属病院で遺伝生物学の研究にあたった。そこで取り組んだ双子の研究から、結核の発症には「遺伝的な性質が相当な重要性をもつ」と結論づけた。これは現在から見ても正しいものである。彼はこの双子研究によって注目されるようになり、ドイツの代表的な研究機関カイザー・ヴィルヘルム協会が新設した人類学・人類遺伝学・優生学研究所の人類遺伝学部の部長に抜擢された。

 フェアシュアーは、結核などの重い病気や障害のある人が増えるとドイツ民族の負担になるので、それを回避するには、その遺伝的形質を後世に残さないようにするしかないと考えた。つまり、断種しかないと主張するようになった。

 彼のこの考えはプロイセン州でかたちになる。1932年、同州で断種法が策定された。ただこのときは国の法律で不妊手術が禁止されていたので、実現にはいたらなかった。

 ところが、情勢はフェアシュアーに味方しはじめる。