社会に役に立つかどうかだけで判断する数値化・競争主義の行き着く先はどこなのか? ここでは、優れた子孫を残すことで社会集団を強化しようとする「優生思想」について解説。大阪大学人間科学研究科教授の村上靖彦氏の新刊『客観性の落とし穴』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
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数値化・競争主義は、人間を社会にとって役に立つかどうかで序列化する。その序列化は集団内の差別を生む。その最終的な帰結が優生思想と呼ばれるものである。優生思想とは、優れた子孫を残すことで社会集団を強化しようとする思想だ。裏返すと「劣った」とされる人が差別され、子どもが産めないように手術され、場合によっては殺されることをもよしとする思想である。
最近もこんな報道があった。
北海道江差町の社会福祉法人「あすなろ福祉会」(樋口英俊理事長)が運営するグループホームで、知的障害があるカップルらが結婚や同居を希望する場合、男性はパイプカット手術、女性は避妊リングを装着する不妊処置を20年以上前から条件化し、8組16人が応じていたことが18日、分かった。「同意を得た」としているが、障害者が拒否した場合は就労支援を打ち切り、退所を求めていた。子どもを産み、育てるかどうかを自分で決める権利(リプロダクティブ権)の侵害に当たる恐れがある。
(中略)
〔取材に対し、理事長は以下のように語った〕「結婚などは反対しないが、ルールが1つある。男性はパイプカット、女性は避妊リングを装着してもらう。授かる命の保証は、われわれはしかねる。子どもに障害があったり、養育不全と言われたりした場合や、成長した子どもが「なぜ生まれたんだ」と言った時に、誰が責任を取るんだという話だ」(毎日新聞2022年12月18日朝刊)
障害者の権利を守るべき福祉施設の理事長が人権を否定し、障害者が子どもを産む権利を否定している。記事によると子育ての負担ゆえに障害を持つカップルが子どもを産むことを妨げており、さらには親に対してだけでなく生まれてくる子どもへの否定的な意識が見え隠れする(驚くべきことに、この記事に対するネット上のコメントの多くが理事長を支持するものだった)。このような思考が生まれた歴史的な背景を振り返ってみよう。
優生思想の誕生
チャールズ・ダーウィン(1809~1882)の進化論が受け入れられ、遺伝現象が発見されつつあった19世紀末に、優秀な家系と劣る家系があり、優秀な子孫を残し劣る種族を減らすことで国力が増すという思想が生まれた。これが「優生学eugenetics」だ。
この言葉は1883年、ダーウィンの従兄であるイギリスのフランシス・ゴルトン(1822~1911)によって作られ、19世紀末から20世紀前半に、とくにアメリカで拡がった。
人間を数値化する試みのなかで最も一般的に普及しているのは知能テストだろう。日本でもよく使われる田中ビネー知能テストはもともと、フランスの心理学者アルフレッド・ビネー(1857~1911)が1905年に世界で初めて開発した知能テストに由来する。